未破裂脳動脈瘤は手術すべきか、結論から言えば、「今日すぐ決めなくていい」が私の答えです。破裂リスクの数字の正しい読み方と、執刀医が実際に使っている判断の軸を、脳神経外科医 井上靖章が綴る、連載「脳神経外科医 井上靖章 手記」第15回。
脳ドックの結果を手に、外来に来られたあなたへ
「未破裂脳動脈瘤があります」。その紙を手に外来へ来られる方は、みなさん、よく似た表情をしています。症状は何もない。昨日までと同じ体のはずなのに、頭の中に「破裂」という言葉が住みついて、離れなくなってしまった顔です。
最初にお伝えしたいのは、これです。未破裂脳動脈瘤は、今日この場で結論を出さなければならない病気では、ほとんどの場合、ありません。慌てて決めた方針より、正しく理解して納得した方針のほうが、あなたのこれからを必ず支えます。
だから今日は、私が外来でお話ししている内容を、順番にそのまま書きます。数字の読み方から、判断の軸、そして診断のあとに外来がどう進むかという実務まで。少し長くなりますが、それはこの病気が「ゆっくり考えていい病気」だからです。どうぞ、お茶でも淹れながら読んでください。
「破裂率1%」の、正しい読み方
未破裂脳動脈瘤が1年間に破裂する確率は、日本の大規模な調査(UCAS Japan:約6,700個の動脈瘤を追跡した研究)で、平均して年間およそ1%弱と報告されています。
この数字を聞いて、「なんだ、100分の1か」と安心する方と、「毎年1%も!」と青ざめる方に分かれます。どちらの受け取り方も、半分だけ正しい。大事なのはここからで、この「1%弱」は平均値であって、あなたの動脈瘤の数字ではありません。
破裂のしやすさは、主に三つの要素で大きく変わります。
リスクを分ける、三つの要素
一つめは大きさ。小さい動脈瘤ほど破裂しにくく、大きくなるほど破裂しやすくなります。二つめは場所。同じ大きさでも、前交通動脈や、内頸動脈-後交通動脈分岐部といった場所の動脈瘤は、破裂率がおよそ2倍高いことが分かっています。三つめは形。ブレブと呼ばれる不整な出っ張りを伴う動脈瘤は、リスクが約1.6倍になります。
大きさについて補足すると、専門医の間でしばしば議論が分かれるのは5ミリ前後からで、大きくなるほどリスクの上がり方は急になります(サイズごとの数字の詳しい読み方は、「何ミリから危険なのか」の回に一本分を割いて書きました)。つまり、同じ「未破裂脳動脈瘤」という診断名でも、年間のリスクが0.1%台のものから、数%を超えるものまで、数十倍の幅があるのです。「動脈瘤がある=危険」でも「小さいから絶対安心」でもなく、まず「あなたの動脈瘤はどのタイプか」を正確に知ること。すべてはそこから始まります。
治療にも、リスクがあります
もう一つ、隠さずお話しすべきことがあります。治療そのものにも、リスクがあるということです。
未破裂脳動脈瘤の治療は、開頭手術(クリッピングやバイパス・トラッピング等)にせよ、脳血管内治療(コイル塞栓術・フローダイバーター等)にせよ、いま症状のない病気に対する「予防のための治療」です。そして、どれほど準備を尽くしても、合併症の可能性を完全にゼロにすることはできません。
ここが、未破裂脳動脈瘤という病気のいちばん難しいところです。放置のリスクと、治療のリスク。二つの小さな数字を、天秤にかけることになる。だからこそ、専門医の間でも意見が分かれることがあり、だからこそ、納得できるまで考える時間に価値があるのです。
私が使っている、判断の軸
では、執刀医は何を見て考えているのか。私が外来で実際に使っている軸は、四つです。
一つめ、破裂のリスク。大きさ・場所・形に加えて、多発の有無、くも膜下出血の家族歴、高血圧、喫煙。これらを重ねて、あなたの動脈瘤の「素性」を見積もります。
二つめ、治療のリスク。同じ動脈瘤でも、場所と形によって治療の難易度は変わります。開頭と血管内のどちらが向くか、その場合の合併症の見積もりはどうか。ここは施設と術者の経験によっても変わる部分です。
三つめ、時間の軸。年間1%のリスクは、1年で見れば小さくても、これから30年付き合うなら意味が変わります。お若い方と、ご高齢の方とでは、同じ動脈瘤でも答えが変わり得る。あなたの年齢と、これからの人生の長さを、掛け算して考えます。
四つめ、不安の重さ。これは数字になりませんが、私は大切な軸だと考えています。動脈瘤のことが頭から離れず、眠れず、生活が変わってしまう。数字の上では経過観察が妥当でも、その不安の重さ自体が治療を考える立派な理由になることがあります。逆に、数字を正しく知ったら安心して、経過観察と穏やかに付き合える方もいます。
この軸を、私に叩き込んだ言葉
実は、この四つの軸の根っこには、修行時代に教わった一つの姿勢があります。札幌で師事した谷川緑野先生の、「迷ったら、困難な道を」という教えです。中身はあの回に書いたので繰り返しませんが、あれは手術の技術だけの話ではなく、外来の椅子の上でも、そのまま使う言葉です。
未破裂脳動脈瘤の判断には、医師側の都合で楽な道を選ぶ誘惑が、いつも隣にあります。「切る」と言うほうが楽な日もあれば、「切らない」と言うほうが楽な日もある。数字を全部並べ、説明を尽くし、考える時間を差し出して、それでも決めるのはあなたです、と言い続けるのは、実のところ、外来でいちばん手間のかかる、困難な道です。だから、迷ったらそちらへ行く。私はあの教えを、手術場だけでなく、外来の椅子の上でも使っています。
診断のあと、外来はこう進みます
ここで、実務の時間軸もお見せしておきます。「動脈瘤があります」と言われたあと、外来はだいたい、次のように進みます。
まず、評価のための検査。脳ドックのMRAだけでは形の細部まで分からないことがあり、必要に応じて、より詳しい画像検査で動脈瘤の大きさ・形・周囲の血管との関係を確かめます。次に、説明の外来。検査結果をもとに、あなたの動脈瘤の「素性」と、取り得る選択肢を並べてお話しします。そして、ここが大事なのですが、考える時間。ご家族と話し、疑問を書き出し、必要なら別の専門医の意見も聞いて、次の外来で改めて方針を相談する。
初診から方針決定まで、数週間から数か月かけることは、ごく普通です。その間に破裂を心配しすぎなくていいことは、年1%弱という数字が示すとおりです。急いで決めた1週間より、納得して決めた1か月のほうが、その後の10年を支えます。
私の外来(滋賀・湖東記念病院)でこの流れをたどる場合の予約方法と持ち物は、滋賀で脳動脈瘤の相談を考えている方へのご案内に書きました。
なお、説明の外来には、できればご家族と二人でいらしてください。動揺した頭で聞く説明は、思っている以上に抜け落ちます。ご家族の役割については別の回に書きましたが、「もう一組の耳」の価値は、この病気で特に大きいのです。
二つの、よくある道すじ
抽象的な話が続いたので、外来でよく出会う典型的な道すじを、二つお見せします(プライバシーのため、複数の方の経過を組み合わせた例です)。
一つめの道。健診で見つかった、3ミリ前後の、形の整った動脈瘤。場所も破裂しにくいタイプ。この場合、数字の上では治療のリスクが破裂のリスクを上回りやすく、多くは経過観察を選ばれます。半年後の検査で安定を確認し、以後は年1回。「見つかったときは眠れなかったけれど、いまは検査の日を忘れそうになる」、数年後に、そう笑って話される方が少なくありません。
二つめの道。7ミリを超え、形に不整があり、破裂しやすい場所にある動脈瘤。ご本人はまだお若く、これから付き合う年月も長い。この場合は、治療を検討する価値があることを、理由とともにはっきりお伝えします。それでも、決めるまでの時間は同じように取ります。治療を選んだ方の多くは、「決めるまでがいちばん苦しかった。決めてからは、不思議と落ち着いた」とおっしゃいます。
あなたの動脈瘤が、どちらの道すじに近いのか。あるいは、その中間のどこにいるのか。それを見極めるのが、専門外来の仕事です。
「決めない」も、今日の立派な結論です
この四つを患者さんと一緒に並べたうえで、私がよくお伝えするのは、意外に思われるかもしれませんが、こういう言葉です。「今日は、決めなくていいですよ」。
私は、治療を勧めすぎないことを自分に課している医師です。経過観察が妥当な動脈瘤にまで手術を勧めることは、しません。逆に、破裂リスクが高い形・場所・大きさの動脈瘤で、安全に治療できる見込みが高いなら、「治療を検討する価値があります」と、理由とともに、はっきりお伝えします。
どちらの場合も、決めるのはあなたです。私の仕事は、あなたが後悔しない決断をできるように、材料を全部、机の上に並べること。迷いが残るなら、別の専門医の意見を聞くことも歓迎します。それで方針が確かめられるなら、遠回りではありません。
未破裂とわかった方から、よく聞かれること
外来で特によくいただく質問に、お答えしておきます。
Q. 見つかったら、すぐ手術しないと破裂しますか?
いいえ。平均の破裂率は年1%弱で、多くの動脈瘤は経過観察が妥当です。ただし大きさ・場所・形によってリスクは数十倍変わるため、まず専門医のもとで「あなたの動脈瘤のタイプ」を評価することが先決です。
Q. 経過観察の間、何をするのですか?
定期的なMRI検査などで、大きさや形の変化を見張ります。変化が現れたら、その時点で治療を検討します。「見張り付きの様子見」であって、放置ではありません。
Q. 生活で気をつけることはありますか?
血圧の管理と禁煙は、破裂リスクに関わる代表的な要素です。過度な飲酒も控えめに。日常の運動や仕事まで一律に制限する必要は、通常ありません。個別の注意点は診察でご確認ください。
Q. 動脈瘤が小さくなったり、消えたりすることはありますか?
未破裂脳動脈瘤が自然に小さくなることは、基本的に期待できません。ただし「大きくならないまま何年も安定している」ことは、ごく普通にあります。経過観察の目標は、消えることではなく、安定を確かめ続けることです。
Q. 破裂したら、どうなるのですか?
くも膜下出血という重い脳卒中になります。命に関わり、後遺症も残り得る病気です。だからこそ、破裂する前の「いま」に、リスクを正しく見積もる価値があります。
おわりに — 数字と、あなたの人生と
未破裂脳動脈瘤の判断は、統計の数字だけでも、不安の大きさだけでも、決められません。数字を正しく知り、そのうえで、あなたの年齢と、生活と、価値観を重ねて、初めて「あなたの答え」になります。
私はそのための時間を、惜しみません。
急がなくて、大丈夫です。ただ、ひとりで抱え込まないでください。
それだけを、今日はお願いしておきます。
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