脳神経外科医 井上靖章 手記 第21回 / 全47回 第1回から読む

整形外科志望だった私が、脳神経外科医になるまで

整形外科志望だった私が、なぜ脳神経外科医になったのか。理由は「面白そうだから」。けれどその直感の中身は、いま思えばもっと具体的でした。専門の選び方について、脳神経外科医 井上靖章が綴る、連載「脳神経外科医 井上靖章 手記」第21回。

2026.10.14 読了の目安 約8分 井上靖章
この記事の目次
  1. 骨折から始まるはずだった、私の医師人生
  2. 脱力系なのに、頼られる人たち
  3. 反対されると思っていた
  4. 直感の、中身
  5. 「面白そう」を、信じていい条件
  6. 患者さんにとっての、この話
  7. おわりに — 直感は、正しかった

骨折から始まるはずだった、私の医師人生

私の医師人生は、骨折の治療から始まるはずでした。

研修医になった頃の志望は、整形外科。理由は二つありました。一つは、子どもの頃から好きだったロボット開発に、いちばん近い分野だと思ったから。関節の動き、骨にかかる力、人工関節や装具、整形外科は、体の中でいちばん「機械」に近い場所です。メイヨークリニックへの留学で手伝ったのも、整形外科のバイオメカニクス研究でした。あのときの私は、医学とものづくりの交差点に、自分の未来を描いていました。もう一つは、白状すれば、働き方です。私は昔から「ズタボロになるまで働きたくない」と考えている人間で、その点でも整形外科は魅力的に見えました。

ところが、現場に出てみると、想像とは違いました。研修で私が目の当たりにした整形外科の仕事は、その大半が骨折の治療だったのです。大切な仕事です。けれど、どうしても、興味が持てなかった。ロボットは、そこにはいませんでした。

念のために書いておくと、これは整形外科という分野の良し悪しの話ではありません。私という人間との相性の話です。整形外科は、人の「動く」と「暮らす」を支える、奥の深い領域です。あの仕事に心から燃える同期を、私は何人も知っています。専門選びに、優劣はありません。あるのは、相性だけです。ただ私の場合、その相性のずれが、研修の早い段階で、はっきり見えてしまったのでした。

脱力系なのに、頼られる人たち

志望を見失いかけていた研修医の、行き場をなくした関心が向かった先に、彼らがいました。脳神経外科の先生たちです。

不思議な人たちでした。普段は、どこか脱力していて、オペのない日は定時で帰っていく。それなのに、救急の現場や患者さんの急変となると、別人のように動き、院内の誰からも頼られている。顕微鏡、カテーテル、内視鏡、いろいろな道具を使い分けて、脳という神秘の臓器に向き合っていました。

いまでも覚えている場面があります。深夜の救急に重症の患者さんが運ばれてきて、院内に緊張が走ったときのこと。さっきまで談笑していた脳外科の先生が、呼ばれた瞬間、目の色だけ変えて、静かに歩いて行きました。走らない。騒がない。でも、確実に速い。その背中を見送りながら、研修医の私は、かっこいいな、と単純に思いました。専門選びの真実なんて、案外そんなものかもしれません。理屈は、あとから付いてくるのです。

「頑張ってる感」の、正体

もう一つ。私は「めっちゃ頑張っています!」と全力さをアピールする働き方が、昔から苦手です。「ズタボロになるまで働きたくない」という感覚は、当時の医局文化の中では、あまり大きな声で言えない本音でした。いまでこそ働き方の見直しが当たり前になりましたが、あの頃の私は、少しだけ時代より先に、正直だったのだと思うことにしています。

だからこそ、あのチームの佇まいに惹かれたのでしょう。力の抜きどころを知っていて、それでいて肝心なときには、迷わず動ける。腕は確かなのに、チームの中では互いを尊重し合っている。私がなりたかったのは、そういう働き方のできる医師でした。「こういう人たちの元で働きたい」。気づけば、そう思っていました。

反対されると思っていた

ただ、一つ気がかりがありました。研修先の理事長、山﨑誠先生への報告です。

当時の脳神経外科は、院内で何かと批判に晒されやすい立場にありました。よりによってそこへ行くと言えば、あの厳しい人は反対するだろう。そう覚悟して、言い訳の台本まで頭の中に用意して、恐る恐る切り出したのを覚えています。返ってきたのは、正反対の言葉でした。

よくぞ言ってくれた。脳外科医は、普通の人にはできない仕事だ。頭も切れないといけないし、手先も器用じゃないといけない。お前に向いている。その分野で世界に羽ばたいて、日本の医療を変えてくれ。

拍子抜けするほどの、全力の祝福でした。しかも、ただ許すのではなく、「向いている」と断言し、「世界」と「日本の医療」まで一息に語る。進路変更の報告が、終わってみれば壮行会になっていました。反対を覚悟して行った人間にとって、これほど背中の軽くなる返事はありません。あの日の私は、科を変える許可というより、キャリアの追い風をもらって帰ったのです。

第8回に書いた「第二の父」は、こういうときに迷いのない人でした。そして、かつて「どうせお前は脳神経外科医になりたいと懇願してくる」と予言していた松澤和人先生には、「言った通りだろう」と笑われました。悔しいけれど、返す言葉が見つからない。私より先に、私の行き先を知っていた人が、二人もいたわけです。

直感の、中身

「面白そうだから」。私が科を変えた理由を一言でいえば、これに尽きます。けれど医師になって13年半が経ったいま、あの直感を分解してみると、中身は案外はっきりしています。

私は、診療科を「病気の種類」で選んだのではなく、「人と、その人たちの姿勢」で選んだのです。互いを尊重するチーム。力むことなく、しかし逃げないプロたち。あの環境で働く自分を想像したとき、初めて医師という仕事が、心から面白そうに見えた。

これから専門を選ぶ若い人に、私から言えることがあるとすれば、一つだけです。病気や手技への興味は、もちろん大事です。でも、迷ったら、「どの病気を診たいか」より「誰と、どんな姿勢で働きたいか」で選んでみてください。病気への興味は移ろいますが、働く姿勢への共感は、キャリアの土台になり続けます。私自身が、その証拠のようなものです。

そしてこれは、医師に限った話でもないはずです。会社を選ぶとき、部署を選ぶとき、転職を考えるとき。仕事の中身は、入ってみなければ分からないし、入ったあとも変わっていきます。でも、そこで働く人たちの佇まいは、見学の一日でも、面接の一時間でも、案外はっきり見えるものです。「何をするか」が霧の中なら、「誰とするか」を灯りにする。私の科選びは、その一般法則の、医療版だったのだと思います。

「面白そう」を、信じていい条件

直感で専門を決めるなんて、と眉をひそめる方もいるかもしれません。私も、若い人に「直感で決めろ」とだけ言うつもりはありません。ただ、経験を積んだいまは、こう思っています。直感には、信じていい直感と、疑うべき直感がある。

疑うべきなのは、想像だけで作られた直感です。私の整形外科志望が、まさにそれでした。ロボットに近そう、働きやすそう。どちらも、現場を見る前に、頭の中だけで組み立てた理由でした。一方、信じていいのは、現場を自分の目で見たあとに湧いてくる直感です。私が脳神経外科に感じた「面白そう」は、深夜の救急で、あの背中を実際に見たあとに来ました。想像の直感は仮説にすぎませんが、観察の直感は、もうデータなのです。

だから、専門選びや就職で迷っている人への、いちばん実務的な助言はこれになります。決める前に、現場を見に行ってください。話を聞くだけでなく、働いている人たちの、何気ない時間の佇まいを。私も、定時に帰っていく姿と、急変で別人のように動く姿の両方を見て、はじめて、力を抜くことと逃げないことが、一人の医師の中で両立すると知りました。直感を信じるのは、それを見てからで遅くありません。

患者さんにとっての、この話

あなたが出会う医師たちも、それぞれの物語を経て、いまの科に立っています。私の場合、「人」に惹かれて科を選んだことが、いまの診療の形につながっています。あのチームで見た、互いを尊重し合う空気。それを、患者さんを囲むいまのチームでも、大切にしていきたいのです。手術があなた一人と執刀医だけの戦いではないのと同じように、良い医療は、良いチームの佇まいから生まれる。私が脱力系の先輩たちから受け取ったいちばんの遺産は、手技よりも、その文化かもしれません。

おわりに — 直感は、正しかった

骨折から始まるはずだった私の医師人生は、いま、脳の中にあります。ロボットの夢は形を変えて手元に戻り、働き方の願いは、チームの文化という答えで叶いました。

毎日、顕微鏡とカテーテルを持ち替えながら、あの日「面白そうだ」と感じた仕事の、ど真ん中にいます。そして、あの直感は、脳神経外科医になってからの11年半、まだ一度も、色あせたことがありません。

あのとき整形外科に残っていたら、どんな医師になっていたのか。ときどき想像しますが、うまく像を結びません。それくらい、いまの仕事は、私の体に馴染んでいます。

直感は、正しかった。それを確かめる日々が、この11年半でした。

整形外科志望から脳神経外科医への転機を語る井上靖章

井上靖章(いのうえ やすあき)

脳神経外科医・医学博士。日本脳神経外科学会専門医・指導医、日本脳神経血管内治療学会専門医、日本脳卒中学会専門医。京都大学医学部卒業。米国メイヨークリニック留学、ハーバード大学医学部ブリガム&ウィメンズ病院フェローを経て、湖東記念病院 脳神経外科部長。開頭手術と脳血管内治療の両方を自分の手で行う「二刀流」の脳神経外科医。治療方針は、開頭手術・脳血管内治療・経過観察のすべてを並べて示すことを原則としている。

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