「手術技術は裏切らない」を体現する、脳神経外科医 井上靖章が手術場で繊細な操作をする手元のイメージ

手術技術は裏切らない — 湖東記念病院で再確認した、脳神経外科医 井上靖章の原点

「手術技術は裏切らない」。脳神経外科医 井上靖章が、シリーズ第1回の末尾に置いた一つの言葉です。今回はその本論を、連載「脳神経外科医 井上靖章 手記」第2回としてお話しします。湖東記念病院の手術室で、私はある朝、この境地に辿り着きました。

予告として置いた、一つの言葉

第1回の最後に、私は「手術技術は裏切らない」という一つの言葉を、予告として置いておきました。

手術技術は、裏切らない。
地位も名誉もお金も、関係ない世界。
人は離れていくし、裏切りもある。けれども、手術技術はそこに完全に向き合えば、患者さんを救うことができる。

どこで、どんな空気の中で、どうしてこの境地に至ったのか。私はそこに至るまでに、一度は「手術をやめようか」とまで考えていました。手術が怖い、と感じてしまった時期もあります。それでもある朝、滋賀県の湖東記念病院の手術室で、私は不思議な感覚に包まれました。

湖東記念病院、朝9時の手術室で

「アウェー」のはずだった、温かい歓迎

私が湖東記念病院の手術室に到着したのは、ある日の朝9時頃でした。

それまでに何度か訪れたことのある手術室で、院内の構造は頭に入っています。だから、誰に案内されるでもなく、病院到着後そのまま手術室に向かい、自分でオペ着に着替えました。

手術室に入ったとき、印象に残っていることがあります。脳神経外科の井上卓郎先生、嶋先生、後藤先生、山岸先生だけでなく、麻酔科の先生方も、看護師さんたちも。みなさんが明るく迎え入れて、声をかけてくれた。

私のほうは、「部外者がお世話になっている、お邪魔している」という気持ちでした。そんな気持ちで手術室に入ったことを、今も覚えています。

手術室は、外科医、麻酔科医、看護師、技師にとって神聖な場所です。患者さんだけでなく、医療従事者にとっても特別な場所。だから、普段いない人間がお邪魔するときには、少しアウェーの空気を感じることが多い。

ところが、その日は全くありませんでした。むしろ、こちらが自然に溶け込めるように、先生方や看護師さんたちが配慮してくれている。それが伝わってきました。

「これが、私の望んでいた仕事なんだ」

その空気の中で、ある気持ちが湧き上がってきました。

「これが、私の望んでいた仕事なんだ」

実は、その時期の私は精神的にめいっていました。数か月、嫌な思いをすることが続き、気持ちがネガティブに傾きやすくなっていた。手術中にも、集中が散漫になったり、手が震えたり、恐怖心を覚えたりすることがありました。

とくに「アウェーの手術」、つまり自分のホームを離れて、他の先生方の施設で行う手術では、いつもの力を出せないことがあります。いろんなことが気になって集中が保てなかったり、緊張で手が震えてしまったり。

ところが、不思議でした。

宇宙を漂うような、手術への没入

温かく受け入れていただいたおかげで、私は手術に集中できました。それどころか、自分でも信じられないくらい没入して、呼吸が整い、手が安定していく。周りの方々が、そういう手術を引き出してくれたのだと思います。

あのとき手術中に感じていた身体感覚を、言葉にするとこうなります。

無意識の中で手術のみに集中して、他のことはもう何も考えなくてもいい。
宇宙の中を漂って、手術だけに夢中になって、気がついたら手術が進んでいって終わっている——そんな感覚でした。

辛いことが続いていたはずの私の中で、何かがほどけた瞬間でした。「手術技術は裏切らない」。その出発点が、ここにありました。

「手術技術は裏切らない」とは、何を意味するのか

一度身につけた手術技術は、簡単には失われない

人間関係も、組織も、ときに私たちを裏切ります。

けれど、一度身につけた手術技術は、簡単には失われない。私はこのとき、そのことを身体で実感しました。

努力して積み上げてきたものが、一瞬で奪われたり、崩れたりする。そんな経験を、私は重ねてきました。「もう本当に全てを失った」「人間関係も人脈も、失った」。そう悲観していたのです。

ところが、無我夢中で手術をしていたら、気がつけば、手術は静かに終わっていました。

何もかも失ったと思っていた私に、身につけてきた手術技術だけは、裏切らずに残っている。「手術技術は裏切らない」。そのとき、心に刻まれた言葉です。

患者さんを救う技術が、術者自身をも救う

そして、無我夢中で手術に没入できるということは、そのまま、患者さんにより安全な手術ができるということでもあります。

一度身につけた、患者さんを救うためのスキルは、どんな裏切りがあっても、何を失っても、私の元から離れていきません。職業の道具であり、ライフワークであり、医師としての基本。それが離れていかないと分かったことが、あの朝、心からの安心になりました。

「手術技術と向き合えない」時期があった

信頼が崩れた時、医師は何を失うのか

信頼していた人たちに裏切られたとき。仲間だと思っていた人から、後ろ指を指されたとき。それに付随して、嫌な噂が立ったとき。

私は悲観的になり、「もう自分には何も残っていないんじゃないか」と感じていました。大切にしてきたものが失われていく、そんな感覚です。

その中で、少し自暴自棄にもなりました。「この道をやめて、別の仕事に就いた方がいいんじゃないか」とすら、考えたことがあります。

手が震え、恐怖を覚えた夜

もう一つ、もっと深刻な話があります。

不安定な精神状態では、手術中に本当の恐怖を感じます。判断力も落ちていたかもしれない。手も震えることがあった。

そして何よりも。手術は、患者さんの命を懸けて、リスクを引き受けて行うものです。その重さを、いまの自分は引き受けられないんじゃないか。そう感じてしまう。

「もう自分は、この手術場にいてはいけないんじゃないか」

そんなふうにも、感じていました。

私には手術しかない、と思ってやってきました。それなのに、もう手術ができないんじゃないか。そう感じたとき、私は自分のキャリアに絶望しました。

あの揺らぎがあったから、今がある

「今でも、やめたほうがよかったと思う部分はあるか」と、自分に問いかけてみます。

今は、ありません。

一度身につけた、患者さんを救える知識と技術。それで人の役に立てるのは、得がたい仕事です。

それどころか、あの揺らぎがあったからこそ今がある、とさえ思います。

全てを失って、この仕事を辞めてもいいと思った自分が、身につけてきた手術によって、もう一度救われた。

手術で患者さんを救う仕事は、患者さんだけを救っているのではなかった。術者自身の存在意義まで、救ってくれたのです。

だから、いまの自分には手放せません。レーゾンデートル、社会的な価値、自尊心。そういうものを、揺るぎなく支えてくれるからです。

改めて手術に真正面から向き合って、技術を高め、教え、患者さんを救っていきたい。以前からその思いは強かったけれど、今のほうが、ずっと純粋に手術技術を極めたいと思っています。「手術技術は裏切らない」。その確信が、今の私の支えです。

谷川緑野先生の教えと、「手術技術は裏切らない」の境地

私には、もう一つ、忘れられない言葉があります。札幌禎心会病院の脳神経外科で師事した、谷川緑野先生の教えです。

自分の家族を執刀できない技術で、人様を手術するな。

この言葉は、私の医師としての姿勢の、もっとも深いところに刻まれています。

自分の一番大切な人に提供できないような技術で、患者さんを手術するのは、不遜なことです。だって、患者さんもまた、誰かの大切な家族なのですから。

だから私は、誰かの大切な人である患者さんを、自分の大切な人として手術することに、誇りを持ってきました。

そうやって思い入れてきた技術だからこそ、「手術技術は裏切らない」と思えたとき、心が落ち着いたのだと思います。私の中では、その二つがつながっています。

だから今も、自分の家族にその時が来たら自分で執刀したいと思えるだけの技術を、高め、維持し、改良し続けたいと考えています。

患者さんへの翻訳 — 「手術技術は裏切らない」があなたに意味すること

医師にもいろんな動機がある

手術は、医師によって、いろんな動機で行われているものだと思います。

仕事として必要だから。求められるから。自分しかできる人がいないから。職のため、生活のため。自己表現のために手術をしている人も、いるかもしれません。

どれが正しいという話ではありません。ただ私は、自分を作ってくれたこの手術技術を、患者さんのために差し出すことで、自分の存在意義を確かめ直した。そういう経緯を持っています。

だから今は、目の前の患者さんのために、最適な手術を、最短コースで提供することに、強いこだわりを持っています。

その執着があるので、途中で手術を諦めたり、「今日は早く帰りたいから」と集中が切れたりすることは、ありません。

「自分の家族なら、誰に頼むのか」という問い

「ご自身の家族に手術が必要になったら、自分が執刀するのか、誰に頼むのか。その判断基準は何ですか」

これは、私が患者さんからもしばしば聞かれる、本質的な問いです。お答えします。

基本的に私は、自分が人様に提供している手術については、エゴではなく、信念として「自分がベストの一人だ」と信じているからこそ、提供しています。

自分より優れた人がいると思える術式や領域なら、その先生を病院に招いたり、ご紹介して治療してもらったりしてきました。

裏を返せば、自分が患者さんに提供している手術なら、家族に必要になったとしても、迷わず自分で執刀したい。そう思っています。

これが、私からあなたにできる、いちばん誠実なお返事です。

これからの13年、「手術技術は裏切らない」を生きる

維持と改良に、終わりはない

医師のキャリアを「trimesters」(三期)に分けると、私はちょうど1st trimester(24〜37歳の蓄積期)を終えて、2nd trimester(37〜50歳の挑戦期)に入ろうとしています。

この時期に、「手術技術は裏切らない」という原点を、どう守り、磨き、伝えていくのか。これからの13年で、私が自分に課すことがあります。

手術技術は、ただ「維持しよう」とするだけでは維持できません。高め、改良しようとし続けて、やっと維持されるもの。私はそう思っています。

年齢によって、判断力や手技の精度は変わってくるでしょう。テクノロジーの進化で、治療方法もデバイスも変わっていく。

その変化に敏感に、自分の技術を更新し続けること。それが、2nd trimesterで私がまず守りたいことです。

手の内を、若手にすべて伝える

そして同時に、手術技術を独占しないということ。

私のもとに来てくれる若手、一緒に治療する仲間、質問をしてくれる人たちには、手の内を全て、包み隠さず伝えてしまいたい。

教育コンテンツを作って、学びたい脳外科医の技術を体系的に支える仕組みも、これから作っていくつもりです。

私を救ってくれたこの手術技術を、2nd trimesterでも、いちばん大事なものとして真ん中に置く。高め、維持し、人に伝える。それが、これからの13年の中心にある決意です。

おわりに — 私からの、一つの約束

これを読んでくださっている方の中には、これから脳の手術を受けるかどうか迷っている方、大切なご家族の手術を控えている方も、いらっしゃると思います。

私自身、自分の人生や存在意義について、とても辛く感じる時期を経験しました。手術をやめた方がいいと思えるほど、手術が怖くなった時期すらあります。

そんな私を、仲間たちが救ってくれました。自信も、手術技術そのものも。

その経験を経て、私は手術の怖さを、もう一度深く知りました。だからこそ、一緒にやる仲間と、技術を高め続けることの大切さを、いまは強く感じています。

手術技術は、自分の家族にも提供できるクオリティで、これからも高め、維持していくつもりです。

だから、もし私が手術で治せる病気を抱えた方が、私のもとへいらっしゃるのなら。安心して治療を受けていただけるだけの技術を、用意して待っています。

手術技術は裏切らない。

これが、脳神経外科医 井上靖章からの約束です。

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「手術技術は裏切らない」を信念とする脳神経外科医 井上靖章

井上靖章(いのうえ やすあき)

脳神経外科医・医学博士。日本脳神経外科学会専門医・指導医、日本脳神経血管内治療学会専門医、日本脳卒中学会専門医。京都大学医学部卒業。米国メイヨークリニックでの研究研修、ハーバード大学医学部ブリガム&ウィメンズ病院フェローを経て、湖東記念病院 脳神経外科部長。開頭手術と脳血管内治療の両方を自分の手で行う「二刀流」の脳神経外科医。治療方針は、開頭手術・脳血管内治療・経過観察のすべてを並べて示すことを原則としている。

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