シャントとは何か——。脳神経外科における脳脊髄液の管理でいう「シャント」は、たまり過ぎた髄液を別の場所へ逃がすための「迂回路」を体内に作る手術、あるいはその管のことです。なぜシャントが必要なのか、どんな種類があるのか、開頭手術と血管内治療の両方を駆使する脳神経外科医 井上靖章が、患者さん・ご家族にわかりやすく解説します。
「歩きにくくなった」「もの忘れが増えた」「尿が近くなった」——ご高齢のご家族にこうした変化が現れたとき、その原因のひとつに 水頭症 があります。そして水頭症の代表的な治療が シャント手術 です。
「シャント」という言葉は、検査や手術の説明で初めて耳にする方がほとんどだと思います。この記事では、シャントとは何かを、できるだけやさしく、しかし正確に説明していきます。
シャントとは「髄液の迂回路」のこと
私たちの脳と脊髄は、髄液(脳脊髄液)という透明な液体に浮かんでいます。髄液は脳の中で毎日新しく作られ、脳の表面をめぐり、最後は血管に吸収される——この「作られて・流れて・吸収される」循環が、つねに釣り合っています。
しかし、この循環のどこかが滞ると、髄液が頭の中にたまり過ぎてしまいます。これが 水頭症 です。その結果、たまった髄液が脳を内側から圧迫し、歩行障害・認知機能の低下・排尿障害などを引き起こします。
シャント(shunt)とは、英語で「迂回」「わき道」という意味です。つまりシャント手術とは、滞ってしまった髄液の流れに、別ルートの「バイパス(迂回路)」を作ってあげる手術のことです。具体的には、細くやわらかい管(チューブ)を体の中に通します。こうして、余分な髄液を、吸収されやすい別の場所へ静かに送り続けるのです。
シャントの基本構造——3つの部品でできている
シャントは、大きく分けて次の3つの部品でできています。
- 頭側(または腰側)のチューブ:髄液をすくい取る入口。脳室や腰の脊髄腔に置きます。
- バルブ(弁):流れる髄液の量を調整する心臓部。流れ過ぎても、流れなさ過ぎても困るため、ここで圧をコントロールします。
- お腹側などのチューブ:髄液を流し込む出口。多くはお腹の中(腹腔)に導きます。
また、これらは皮膚の下を通すため、手術後は外から管が見えることはほとんどありません。そのため、ふだんの生活でシャントが入っていることを意識せずに過ごせる方が大半です。
シャントの種類——どこからどこへ流すか
シャントは「髄液をどこからすくい、どこへ流すか」によって、いくつかの種類に分かれます。代表的なものを挙げます。
- VPシャント(脳室腹腔短絡術):脳室(脳の中の髄液の部屋)からお腹へ。最も標準的で広く行われています。
- LPシャント(腰椎腹腔短絡術):腰の脊髄腔からお腹へ。頭に触れずにすむのが特徴です。
- VAシャント(脳室心房短絡術):脳室から心臓近くの静脈へ。お腹が使えない場合などに選ばれます。
そして、どの方法が最適かは、水頭症の原因・年齢・お腹の状態・過去の手術歴などによって変わります。だからこそ、「シャント」とひとくくりにせず、その方に合ったルートを選ぶことが、とても大切です。
バルブの進化——「プログラマブルバルブ」という賢い弁
シャント手術でいちばん難しいのは、「流す量の調整」です。まず、流し過ぎれば髄液が減り過ぎて頭痛や別の不調が出ます。一方、流さな過ぎれば水頭症の症状が残ります。
そこで近年広く使われているのが、プログラマブルバルブ(圧可変式バルブ)です。これは、体の外から専用の機械を当てるだけで、手術をせずにバルブの設定圧を変えられる優れものです。たとえばCERTAS Plus など複数の製品があります。さらに、患者さんの経過を見ながら、その方にちょうどよい流量へ細かく調整していけます。また、重力の影響を補正する 重力バルブ を組み合わせることもあります。
「治せる認知症」——正常圧水頭症とシャント
シャントの話で、ぜひ知っていただきたい病気があります。特発性正常圧水頭症(iNPH)です。
これは主にご高齢の方に起こります。そして、歩行障害・認知機能の低下・排尿障害の3つが特徴です。しかし、一見、加齢や認知症のように見えるため見逃されがちです。ところが、シャント手術によって症状が改善する可能性のある、数少ない「治せる認知症」のひとつなのです。
そこで手術の前には、腰から少量の髄液を抜いて、症状が一時的に良くなるかを確かめます。これを タップテスト(髄液排除試験)と呼びます。そのうえで、シャントの効果が見込めるかを慎重に判断します。
私がシャント手術で大切にしていること
ここからは、術者としての私の視点で書かせてください。
シャント手術は、脳神経外科の中では「派手な手術」ではありません。脳動脈瘤のクリッピングや血栓回収のような、一瞬の勝負とは違います。けれど私は、シャントこそ、患者さんの「その後の暮らし」を最も大きく変える手術のひとつだと思っています。
タップテストのあと、それまで杖をついて小刻みにしか歩けなかった方が、すっと足が前に出るようになる。ご家族が「あ、お父さんの歩き方が戻った」と声を上げる。あの瞬間に立ち会うたびに、この手術の意味を思い知らされます。
派手さはなくていい。その人の生活が、静かに戻っていく。それで十分なんです。
一方で、シャントは「入れて終わり」ではありません。バルブの設定は、その方の経過を見ながら何度か調整していくことになります。流し過ぎていないか、足りていないか。画像と、ご本人の歩き方や表情を見比べながら、ちょうどよい一点を探していく。私はこの「調整」こそが、シャント手術の本当の腕の見せどころだと考えています。手術室での数十分より、その後の数ヶ月の伴走のほうが、結果を左右することすらあります。
もうひとつ、私が必ずお伝えしているのは、「シャントは元に戻せる・調整できる治療だ」ということです。脳に大きな侵襲を加えるわけではなく、効きすぎれば圧を上げ、足りなければ下げられる。だからこそ、「もう歳だから」「認知症だから」とあきらめてしまう前に、一度きちんと調べてほしい。治せるものを見逃さない——それが、水頭症と向き合う医師としての私の役目だと思っています。
よくある質問
Q. シャントを入れると、ふつうに生活できますか?
A. はい。多くの方は、シャントが入っていることをふだん意識せずに生活されています。入浴・運動・旅行なども、主治医の指示の範囲で可能です。
Q. シャントは一生入れたままですか?
A. 基本的には体内に留置し続けますが、不具合があれば入れ替え(再建)が可能です。バルブの圧も体の外から調整できます。
Q. MRI検査は受けられますか?
A. 受けられます。ただしプログラマブルバルブは磁力で設定が変わることがあるため、MRI後に設定の確認・再調整が必要な場合があります。検査前に必ずシャントが入っていることをお伝えください。
おわりに
シャントとは、たまり過ぎた髄液を逃がすための「迂回路」を作る治療です。地味に見えるかもしれませんが、適切に行えば、失われかけた歩行や記憶、その人らしい暮らしを取り戻せることがあります。
「歩きにくい」「もの忘れが増えた」「尿が近い」——もしご家族にこうした変化があれば、それは年齢のせいだと決めつける前に、一度ご相談ください。治せる可能性を、見逃さないために。
シャントを構成する各部品については、「脳神経外科の道具箱」の今後の記事(VPシャント・LPシャント・プログラマブルバルブ・タップテストとは)でも、順次くわしく解説していく予定です。
参考リンク:日本脳神経外科学会 / 水頭症(Wikipedia)
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