脳神経外科医 井上靖章 手記 第18回 / 全47回 第1回から読む

開頭手術とカテーテル治療、どう選ぶ — 両方できる医師の本音

クリッピングとコイル塞栓術、脳動脈瘤の治療はどう選ぶのか、A病院とB病院で勧められた治療が違って戸惑うあなたへ。開頭手術と脳血管内治療の両方を執刀する脳神経外科医 井上靖章が、選び方の本音を綴る、連載「脳神経外科医 井上靖章 手記」第18回。

2026.9.23 読了の目安 約10分 井上靖章
この記事の目次
  1. 同じ動脈瘤に、違う答え
  2. 二つの治療の、実像
  3. なぜ、医師によって勧めが分かれるのか
  4. 「手間」が、治療を歪めることもある
  5. 両方できる医師は、どう決めているか
  6. 「切らないほう」に傾く心に、一言だけ
  7. 迷いの正体は、「どちらも正解」であること
  8. 主治医に聞いてほしい、三つの質問
  9. 治療法を選ぶ場面で、よく聞かれること
  10. おわりに — 二本の道の、同じ行き先

同じ動脈瘤に、違う答え

セカンドオピニオンの外来で、繰り返し出会う戸惑いがあります。

「最初の病院では、頭を開けるクリッピングを勧められました。次の病院では、カテーテルで治せると言われました。同じ画像を見ているのに、どうして先生によって答えが違うんですか」——。

もっともな疑問だと思います。中には、二つの病院の説明を几帳面にノートに書き写して、見比べながら眠れなくなってしまった方もいました。そして、この疑問には、患者さんにきちんと種明かしをしておくべき「構造」が隠れています。今日は、両方の治療を自分の手で行っている立場から、その種明かしと、選び方の本音を書きます。

二つの治療の、実像

まず、それぞれの治療を正確に。

開頭手術(クリッピングやバイパス・トラッピング等)は、頭を開けて動脈瘤を直接目で見て、根元をチタン製のクリップで閉じる治療です。長所は、確実性と根治性。自分の目で確かめて処理するため、うまく閉じられれば再発は少ない治療です。短所は、体への負担。開頭という工程がある分、入院期間は長めになります。

脳血管内治療(コイル塞栓術・フローダイバーター・WEB等)は、脚の付け根などの血管からカテーテルを進め、動脈瘤の内側から治す治療です。長所は、負担の少なさ。頭を開けないため回復が早く、入院も短めです。短所は、動脈瘤の形や場所によっては再開通。つまり時間が経って再治療が必要になる可能性が、開頭手術より高くなる場合があること。だからこそ、治療後も定期的な画像での確認を続けます。

当日の流れも、少しだけ具体的に。どちらの治療も、多くは全身麻酔で行います。開頭手術は数時間の手術のあと、集中治療室などで一晩を過ごし、経過が順調なら約1〜2週間で退院。脳血管内治療は、脚の付け根や手首の数ミリの傷から始まり、順調なら数日から1週間ほどで日常に戻れます。回復の速さは確かに違いますが、大切なのは、どちらが「新しくて優れた治療」という話ではないことです。脳動脈瘤の場所・形・大きさ・首の広さによって、向き不向きが決まる。それぞれに、他方では代われない持ち場があります。

なぜ、医師によって勧めが分かれるのか

では、なぜ病院によって答えが違うのか。

実は、多くの脳動脈瘤は、どちらの治療でも、同じくらいの成績で治せます。どちらでも治せるからこそ、答えが割れるのです。そして、そこに人間的な事情が加わります。医師にはそれぞれ、修行してきた得意な術式があります。開頭を極めてきた医師は開頭で治す道筋が最初に見え、血管内を極めてきた医師にはカテーテルの道筋が見える。悪意でも金儲けでもなく、自分の一番確かな手で治したいという誠実さが、勧めの偏りを生む。これが、種明かしです。答えが違うことは、どちらかが間違っているという意味では、必ずしもないのです。

だから私は、勧められた治療そのものの良し悪しより先に、一つ確かめることをお勧めしています。その先生は、もう一方の治療と比べたうえで、その治療を勧めているか。比べた形跡があるなら、その提案は信頼に値します。

「手間」が、治療を歪めることもある

もう一段、踏み込んだ種明かしもしておきます。得意分野の偏りは、まだ罪のない歪みです。私は修行時代から、もっと質の悪い歪みも見てきました。手間を惜しむ、という歪みです。

たとえば、動脈瘤の形が複雑で、おおもとの血管ごと閉じなければならない場合、その先の血流を補うために血管をつなぐ「バイパス」という工程が必要になることがあります。ここで、医師の質が露骨に出ます。手間のかからない細い血管だけをつないで、「これで足りるといいな」と神頼みで手術を終える人。バイパスそのものを省いて、脳梗塞が起きたら「仕方なかった」とあとから言い訳をする人。逆に、手術時間が数時間延びても、血流が確実に足りるまで、ひと手間もふた手間もかける人。

患者さんの側から、この差はほとんど見えません。どの手術も、終わってみれば同じ顔で説明されるからです。私はこの光景を、若い頃から嫌というほど見てきました。だから、自分にはこう課しています。比較で迷ったら、手間のかかるほうへ。治療法の選択も同じです。開頭かカテーテルかという比較の前に、「この医師は、面倒くさがっていないか」。その見分けには、この記事の最後に置く三つの質問が役に立つはずです。

両方できる医師は、どう決めているか

私自身は、開頭手術と脳血管内治療の両方を握り続けてきました。その立場から、実際の決め方を順番にお見せします。

まず、動脈瘤の条件を見ます。場所、大きさ、形、首の広さ、周囲の血管との関係。この時点で「これは開頭が確実」「これは血管内が向く」と、どちらかに大きく傾く動脈瘤が一定数あります。

次に、成績が同等なら、負担の少ないほうへ。どちらでも同じように治せる見込みなら、体への負担が少ない脳血管内治療を選ぶのが、私の基本方針です。

ただし、根治性で開頭が明らかに勝る動脈瘤は、開頭を提案します。血管内では「そこそこ治るが、再治療になるかもしれない」、開頭なら「難しいが根治の見込みが高い」。そういう動脈瘤で楽な道に流れないことは、師匠に叩き込まれた私の背骨です。

最後に、あなたの側の条件を重ねます。年齢、全身の状態、お仕事、家族の事情、通院のしやすさ。医学的に同点なら、生活が決め手になっていい。ここは、あなたにしか分からない情報です。

もう一つ、種明かしを重ねておくと、この判断を、私は一人ではしません。手術の前には、開頭側と血管内側、両方の目でカンファレンスにかけて、計画を揉みます。一人の医師の「見え方の癖」を、チームの複数の目で打ち消す、両方の治療を置いている施設の本当の価値は、術者の器用さより、この検討の仕組みのほうにあると、私は思っています。

「切らないほう」に傾く心に、一言だけ

もう一つ、正直な観察をお伝えします。説明を終えたとき、患者さんの心は、たいてい「切らないほう」へ傾いています。当然です。頭を開けると聞いて、平気な人はいません。

その直感を、私は否定しません。負担の軽さは本物の価値です。ただ、一つだけ確かめてほしいのです。その選択は「怖くないから」だけで決まっていないか。動脈瘤のタイプによっては、いま楽な道が、数年後の再治療という遠回りにつながることもあります。逆に、いま大変な道が、その後の数十年を静かにしてくれることもある。「怖さ」は大切な感情ですが、時間軸を片方しか見ていないことがあります。恐怖と一緒に、10年後のあなたも、会議に呼んであげてください。

迷いの正体は、「どちらも正解」であること

ここまで読んで、それでも決められない、という方へ。その迷いの正体を、言葉にしておきます。

あなたが迷うのは、情報が足りないからでも、決断力がないからでもありません。多くの場合、どちらを選んでも医学的に正解だから、迷うのです。明らかにどちらかが優る動脈瘤なら、専門医の意見は割れませんし、あなたも迷いません。意見が割れ、あなたが迷っているという事実そのものが、「同点に近い」ことの証拠です。

同点の勝負に、後悔しない選び方はあるのか。あります。結果ではなく、過程に納得しておくことです。比較の説明を聞いた。質問をした。自分の生活と照らした。そうして選んだ道は、あとから振り返っても「あのときの自分は、ちゃんと選んだ」と言えます。後悔は、結果からではなく、「よく分からないまま流された」という感覚から生まれるものだからです。

主治医に聞いてほしい、三つの質問

この記事を読んだあなたが、診察室でそのまま使える質問を三つ、置いておきます。

一つ、「私の動脈瘤は、なぜこの治療が向いているのですか」。二つ、「もう一方の治療だと、どうなりますか」。三つ、「先生ご自身は、どちらの治療もされますか」。

三つめは、聞きにくいかもしれません。でも、失礼な質問ではないのです。片方しかしない医師が悪いのでもありません。大事なのは、あなたの治療方針が「比較のうえで」選ばれているかどうか。三つをメモして持って行くだけで、診察の密度は変わります。この場面での遠慮は、美徳ではありません。もし答えに不安が残るなら、別の専門医の意見を聞くことは、公的にも案内されているあなたの正当な権利です。私の外来で受ける場合の流れ・費用・持ち物は、別のご案内にまとめてあります。

治療法を選ぶ場面で、よく聞かれること

Q. カテーテル治療のほうが新しいから、優れているのでは?

新しさと優劣は別の話です。いまも開頭手術でなければ根治が難しい動脈瘤が確かに存在します。あなたの動脈瘤のタイプ次第です。

Q. 開頭手術は怖いです。傷や後遺症は?

髪の中に隠れる切開で行うことが多く、傷は時間とともに目立ちにくくなります。合併症のリスクはどちらの治療にもあり、ゼロにはできません。大切なのは、あなたの動脈瘤でのリスクの見積もりを、具体的に聞くことです。手術そのものへの不安との付き合い方は、手術を控えた方への回に書きました。

Q. コイル塞栓術は再発すると聞きました。

動脈瘤の形によっては、再開通して再治療が必要になる場合があります。そのため治療後も定期的に画像で確認します。再治療の可能性まで含めて、最初に説明を受けてください。

Q. クリップやコイルは、一生入れたままですか?MRIは受けられますか?

はい、どちらも基本的に一生そのままで、取り出す必要はありません。体内で悪さをすることも通常なく、現在使われるクリップやコイルはMRI対応の素材です。ただし検査の際は、治療を受けた事実を必ず申告してください。治療内容を記したカードを渡す施設もあります。

Q. 本人と家族で、希望する治療が分かれています。

珍しいことではありません。ご本人は負担の軽さを、ご家族は根治性を望む、といったすれ違いは、どちらも相手を思うからこそ起きます。家庭内で決着をつけず、その割れた気持ちごと診察室に持ってきてください。医学的な情報を足すと、すっと揃うことがよくあります。

Q. 途中で治療法が変わることはありますか?

あります。検査を進める中で、より安全な方法へ計画を変えることは珍しくありません。開頭と血管内を組み合わせる方法(ハイブリッド)を用意しておくこともあります。

おわりに — 二本の道の、同じ行き先

開頭手術と脳血管内治療。二本の道は、途中の景色こそ違いますが、行き先は同じです。

あなたが、あなたの生活に帰ること。手術の日は、そのための通過点にすぎません。

——と、ここまで書いてきて、思い出す顔がいくつもあります。開頭を選んで「頭を開けたなんて、もう忘れてました」と笑った方。カテーテルを選んで、翌週から畑に出ていた方。道は違っても、皆さん、ちゃんと帰っていかれました。

どちらの道を選ぶことになっても、目指す場所はそこだけです。私たちはそのために、二本とも、磨き続けてきました。

クリッピングとコイル塞栓術の選び方を説明する脳神経外科医 井上靖章

井上靖章(いのうえ やすあき)

脳神経外科医・医学博士。日本脳神経外科学会専門医・指導医、日本脳神経血管内治療学会専門医、日本脳卒中学会専門医。京都大学医学部卒業。米国メイヨークリニック留学、ハーバード大学医学部ブリガム&ウィメンズ病院フェローを経て、湖東記念病院 脳神経外科部長。開頭手術と脳血管内治療の両方を自分の手で行う「二刀流」の脳神経外科医。治療方針は、開頭手術・脳血管内治療・経過観察のすべてを並べて示すことを原則としている。

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