肩書きでも、実績でもなく、その人が何を大切にしているかで、人も場所も選ぶ。脳神経外科医 井上靖章が、風の悪い日のヨットで確信した“価値観で選ぶ”ということと、医師としてのキャリアの選び方を綴る、連載「脳神経外科医 井上靖章 手記」第11回。
風が、悪い日でした
蒲郡から津へ。レース用のヨットでの航海に、誘っていただいたことがあります。以前からお世話になっている先輩方のクルーに、末席で加えていただきました。海の経験など、ほとんどない身です。誘われたときは、嬉しさより緊張が勝ちました。
先に白状すれば、船の上での私は、ほとんど戦力になりません。教わったとおりにロープを握り、体重を移し、邪魔にならない場所を探す。手術室では道具の名前を全部言える人間が、船の上では、ロープの呼び名一つ知らない。あの心許なさは、久しく忘れていた感覚です。それだけの一日でした。
その日は、風が悪かった。昼過ぎには着くはずの港が、なかなか近づいてこない。それでも船の上の空気は、最後まで張りつめたまま、どこか明るいままでした。風を読み、帆を調整し、遅れを織り込んで針路を引き直す。うまくいかない条件の中でこそ、船に乗る人たちの本当の呼吸が見える。素人の私にも、それは分かりました。港に降りたのは、予定よりずっと遅い時刻でした。
私があの一日から持ち帰ったのは、航海後の高揚だけではありません。もっと静かで、その後の自分の“選び方”を変えてしまうような、一つの確信を得ていました。今日は、その確信の中身の話です。
肩書きの、要らない場所
まず、気づいたことから。海の上には、肩書きがありません。
白衣も、役職も、経歴も、波の上では何の役にも立ちません。海は、誰の経歴も読んでくれないのです。あるのは、風と、船と、役割だけ。誰が状況を読むか。誰が先に声を掛けるか。誰が、疲れてきた仲間に黙って手を差し出すか。誰が、素人の私にまで、さりげなく気を配るか。飾るもののない場所では、その人の“素”が、隠しようもなく出ます。
そして海は、命を預け合う場所でもあります。大きな海で船を走らせるということは、一つの判断が全員に返ってくるということです。そこで交わされる短い言葉、判断の速さ、仲間への目配り。私はロープを握りながら、それをずっと見ていました。
手術室と、似た瞬間
面白いもので、船の上には、手術室と似た瞬間が何度もありました。全員が同じ目的に集中し、短い言葉で意思が通じ、誰かの小さな異変に、誰かがすぐ気づく。命を預け合う場所の作法は、海の上でも陸の上でも、同じ形をしているのかもしれません。
命を預け合って、勝った。あのチームワークに、私は心底、感銘を受けた。
その晩、帰りの車を降りてすぐ、日記に、そう書きました。興奮の冷めないうちに、書き留めておきたかった。そして、こうも思いました。人の本質は、肩書きの要らない場所でこそ、あらわれる。診察室や手術室で見えるものが、その人のすべてではない。白衣を脱いだ場所、取り繕う必要のない時間での振る舞いにこそ、その人が何を大切にしているかが、にじみ出るのだと。
「すごい人」の物差しが、変わるまで
医師になって13年半。こうして振り返ってみれば、人を見る私の物差しは、ずいぶんと変わりました。
若い頃の私は、華々しい実績や、立派な肩書きに憧れていました。学会で名前の通った先生、輝かしい経歴。それが「すごい人」なのだと、素直に思っていました。若さとは、物差しを世間から借りてくる時期のことなのかもしれません。
その物差しが変わったのは、キャリアの途中で、いくつかの経験をしてからです。順風のときには見えなかったことが、風向きの変わる経験をすると、よく見えるようになります。立場や肩書きは、あっけなく変わります。組織の看板も、役職も、永遠ではない。一度はすべてを失ったと思った時期に、私の手元に残っていたのは、積み上げてきた手術技術と、「自分は何を大切にしたいのか」という芯だけでした。
物差しの、掛け替え
肩書きは、その人の中身までは保証してくれません。ときに、立場が人を変えてしまうことさえある。だから私は、人を見るとき、同じ問いを立てるようになりました。この人は、何を大切にしているのか。実績は、その次でいい。順番が、はっきりと入れ替わりました。
この物差しの良いところは、時間に強いことです。実績や肩書きは、時とともに増えたり、色あせたりします。でも、その人が何を大切にしているかは、そう簡単には変わらない。変わらないものを基準に選んだ関係は、環境が変わっても、壊れにくい。長い付き合いを前提に何かを選ぶなら、これほど頼れる物差しはないと思うのです。
人も、場所も、同じ物差しで
いま私は、滋賀県の湖東記念病院で診療しています。第9回に書いたとおり、この場所も、名前や条件ではなく、価値観で選びました。そして、その選び方に確信を与えてくれたのが、じつは、あの海の一日だったのです。
さて、ここまで読んでくださった方の中には、もう、お気づきの方もいるかもしれません。実は、あの船の船長が——私が“次の上司”に選んだ、井上卓郎先生でした。5年来、勝手に尊敬してきた先輩です。風の悪い海の上で見た判断の速さと、仲間への目配りは、白衣を着ても、少しも変わりません。海の上の「素」と、病院での姿が、寸分たがわず同じ人。
それを確かめてしまったら、もう、選ばない理由がありませんでした。あの一日は、期せずして、自分の下した選択を、海の上で確かめ直す日にもなりました。そしていま、私は相馬俊臣先生のもとで、同じ船に乗る気持ちで、この土地の日々の診療に向き合っています。
人も、場所も、何を成し遂げたかではなく、何を大切にしているかで、選ぶ。
言葉になった、物差し
これが、あの海の一日を経て、言葉になった、いまの私の選び方です。そして、この物差しは、必ず自分にも返ってきます。私もまた、誰かから「何を大切にしているか」で見られている。選ぶ目を磨くことは、選ばれる側に立つ覚悟でもある。肩書きが少しずつ増えていく年齢になったからこそ、それを忘れずにいたい。
だから私は、白衣を脱いだ場所での自分の振る舞いも、ときどき点検することにしています。道で困っている人の前で、足が止まるか。順番を待つ列で、苛立ちを顔に出していないか。誰も見ていない場面の自分こそが、患者さんの前に立つ自分の、正体だからです。
患者さんが、医師を選ぶとき
最後に、逆の立場の話を。この物差しは、あなたが病院や医師を選ぶ場面にも、そのまま通じると思っています。
経験件数や設備は、大切な情報です。私自身、自分の経験数を公開しています。けれど、最後のひと押しは、たぶん数字ではありません。その医師が、何を大切にしているか。説明の言葉の選び方、選択肢の並べ方、あなたの迷いへの付き合い方。そこに、必ずあらわれます。
体の一部を、ときに命を預ける相手を選ぶのですから、これは当然の吟味です。船に乗る前に、私が船長の腕前を確かめられなかったように、患者さんも、医師の手術の腕を直接見ることはできません。それでも、その人が何を大切にしているかなら、診察室で、確かめられるのです。
未破裂の相談でこそ
とりわけ、未破裂脳動脈瘤のように、治療か経過観察かというところから意見の分かれうる病気では、なおさらです。開頭手術と脳血管内治療、どちらの選択肢も持ったうえで、自分の得意に引き寄せず、平らに並べて、一緒に考える。それが、私の「大切にしているもの」です。もしあなたが医師を選ぶ立場になったら、数字の向こう側にある物差しにも、目を凝らしてみてください。
見分け方は、難しくありません。説明を聞き終えたとき、自分の胸に一つだけ聞いてみてください。「この先生は、何を大切にしている人に見えたか」。答えがすっと浮かぶなら、あなたはもう、その医師の価値観に触れています。浮かばないなら、もう少し質問を重ねていい。価値観は、隠せないけれど、聞かなければ見えにくいものだからです。
おわりに — 港に着いて
風は、最後まで思いどおりには吹きませんでした。港に降りたのは、予定よりずっと遅い時刻。それでも不思議なくらい、疲れは残っていませんでした。同じものを大切にする人たちと、同じ船に乗れていた。あの一日は、それだけで十分。
風向きは、選べません。キャリアも、人生も、同じです。
でも——誰と乗るかは、選べる。
それが、あの日、海が教えてくれたことの、すべてです。
