脳神経外科医 井上靖章 手記
-
脳神経外科医 井上靖章 手記2026.9.16
山﨑先生の墓前で
茨城県牛久市に、私が実家のお墓より足しげく通うお墓があります。「第二の父」山﨑誠先生が眠る場所です。そこで交わしてきた報告と、果たせなくなった約束の行方を、脳神経外科医 井上靖章が綴る、連載「脳神経外科医 井上靖章 手記 […]
-
脳神経外科医 井上靖章 手記2026.9.9
家族と過ごす時間が、教えてくれたこと
この春、人生で初めて、旅行以外で二週間まるごと家にいました。家族と過ごす時間が教えてくれたのは、意外なことに、医師としての私の足りなさでした。脳神経外科医 井上靖章が38歳の気づきを綴る、連載「脳神経外科医 井上靖章 手 […]
-
脳神経外科医 井上靖章 手記2026.9.2
未破裂脳動脈瘤、手術すべきか — 執刀医と考える判断の軸
未破裂脳動脈瘤は手術すべきか、結論から言えば、「今日すぐ決めなくていい」が私の答えです。破裂リスクの数字の正しい読み方と、執刀医が実際に使っている判断の軸を、脳神経外科医 井上靖章が綴る、連載「脳神経外科医 井上靖章 手 […]
-
脳神経外科医 井上靖章 手記2026.8.26
迷ったら、困難な道を — 札幌で谷川緑野先生に教わったこと
「迷ったら、困難な道を」、札幌禎心会病院の谷川緑野先生に教わったこの言葉が、脳神経外科医としての私の背骨になっています。半年間の武者修行で見た師匠の背中を、脳神経外科医 井上靖章が綴る、連載「脳神経外科医 井上靖章 手記 […]
-
脳神経外科医 井上靖章 手記2026.8.19
自分が患者だったら、どんな医師に会いたいか
医師の選び方に、正解はあるのでしょうか。もし自分の脳に動脈瘤が見つかったら、脳神経外科医 井上靖章が、自分が患者だったら会いたい医師の条件を本音で綴る、連載「脳神経外科医 井上靖章 手記」第13回。 もし明日、私の脳に動 […]
-
脳神経外科医 井上靖章 手記2026.8.12
医師のキャリアをtrimestersに分けると — 13年×3期の生き方
医師のキャリアをtrimestersに分けると、見える景色が変わります。24歳から13年ずつ、貯める、使う、譲る。脳神経外科医 井上靖章が、医師としてのキャリアと生き方の設計図を綴る、連載「脳神経外科医 井上靖章 手記」 […]
-
脳神経外科医 井上靖章 手記2026.8.5
ヨットの上で — 価値観で選ぶ、ということ
肩書きでも、実績でもなく、その人が何を大切にしているかで、人も場所も選ぶ。脳神経外科医 井上靖章が、風の悪い日のヨットで確信した“価値観で選ぶ”ということと、医師としてのキャリアの選び方を綴る、連載「脳神経外科医 井上靖 […]
-
脳神経外科医 井上靖章 手記2026.7.29
「好きなようにやれ」— 私を信じきってくれた、山﨑誠先生の流儀
山﨑誠先生のキャリア応援の流儀は、たった一言で言えます。「口は出さない」。あの厳しい人が、私のキャリアにおける挑戦には、ふしぎなほど一切口を出しませんでした。脳神経外科医 井上靖章が、自分を信じて任せきってくれた恩師の支 […]
-
脳神経外科医 井上靖章 手記2026.7.22
名戸ヶ谷を離れて、私が選んだ道 — 湖東記念病院・昴会で、もう一度
13年勤めた病院を離れ、私は滋賀県の湖東記念病院(昴会)で、もう一度ゼロから歩き出しました。これは「去った話」ではなく、「選んだ話」です。脳神経外科医 井上靖章が、名前でも条件でもなく“価値観”で新しい道を選んだ理由を綴 […]
-
脳神経外科医 井上靖章 手記2026.7.15
第二の父・山﨑誠先生との出会い — 名戸ヶ谷病院で私を見守ってくれた人
名戸ヶ谷病院で出会った「第二の父」、山﨑誠先生。研修医だった私の渡米の夢を、脳外科医仲間よりも、家族よりも、親友よりも喜んでくれた人です。脳神経外科医 井上靖章が、職員みなに畏れられた創業者の素顔と、いまも自分の中に生き […]