くも膜下出血で脳動脈瘤が破裂したとき、緊急開頭手術によるクリッピングか、脳血管内治療(コイル塞栓術・フローダイバーター・WEB等)か。術者はどう判断するのか。この記事では、緊急手術中に選んだ「もう一つの道」と手術リスクへの覚悟を、振り返ってみたい。
脳動脈瘤のアプローチを決めるとき、私はいつも、最悪を想定している。
正直に書くと、手術で最も怖いのは、トラブルが起きた瞬間ではない。トラブルが起きるかもしれない、と気づいた瞬間だ。
5年ほど前、深夜に搬送されてきた50代男性、仮に中野さん(仮名)とお呼びする方の手術を、私は今でもよく思い出す。くも膜下出血。脳動脈瘤が破裂した状態だった。緊急で開頭することになった。
その日のことを思い出すと、まず浮かぶのは、術野を開いたあと、向こう側に瘤が「ある」と気づいた瞬間の——背中をすっと冷たいものが走る、あの感覚だ。
予定のアプローチでは、瘤に近づけない。
そう気づいた瞬間、何を選ぶか。手術室での真の覚悟は、そういう瞬間にこそ問われている。
「向こう側で見えない」
脳動脈瘤のアプローチは、術前の画像から、入る角度・経路を組み立てる。どこから切開し、どこから脳を分け、どう瘤に到達するか。それは、予定手術なら、手術の前夜までに、何時間もかけて頭の中で何度も回す作業だ。
けれど、人の頭の中は、画像だけでは予測しきれない。
実際に開けてみると、瘤の位置や向きが、わずかにずれていることがある。たいていは、許容範囲だ。ごく稀に、決定的なずれがある。
その方の場合、私は予定通りのアプローチで脳を分けていった。奥に進むほど、「これは違う」という感覚が、強くなっていった。
瘤が、本来見えるべき場所ではなく、その反対側にある。いわゆる「向こう側」だ。
その瞬間、私の頭の中で、何か小さなアラームが鳴った気がした。
——向こう側で見えへん、ってなったら、怖いやん。
患者さんの前では、口が裂けても言わない。けれど、術野の奥では、いつもこの声が、関西弁のまま頭をよぎる。「向こう側で、瘤が見えない」というのは、外科医にとって、それなりに堪える状況だ。
引き返すには遅い。かといって、そのまま進んでも、瘤の前には出られない。
そんなとき、私が選ぶ道はひとつだ。
「脳越しに行く」。
つまり、本来は触らない側の脳の上を、ゆっくり、まわるように、向こう側へアプローチする方法だ。
触らなくていいはずの脳の上を、これから渡っていく。その一歩を踏み出すのに、私は数秒、手を止めた。
これは、専攻医時代に、上の先生が一度だけ教えてくださった技だった。「絶対に向こうが見えないってなったら、いったん、脳を越えていく」。当時の私は、何のことだか、ほとんど分からなかった。
その日、数年前の言葉が、ふっと頭の中に戻ってきた。
私はリトラクターと綿シートをかけ替えて、視野を組み直した。ひとつ、深く息を吸う。手術時間が、また長くなる、と覚悟した。
ご家族には、あとで「もう少し長くかかります」と看護師から伝えていただくよう、目で合図した。
予定外、という当たり前
手術室の外で「想定外のことが起きました」と言われると、患者さんやご家族は不安になる。私たち医師でも、同じだ。
けれど、「想定通り」に進む手術は、実はそれほど多くない。ほとんどの手術には、大小の「想定からのずれ」がある。
その「ずれ」を、手術中の判断で吸収できるかどうか。それが、外科医の腕というものだ。
ずれた瞬間に、もう一つの道が頭の中にあるかどうか。
いや、もっと言えば——もう一つの道を、平時から想像できているか。これが、本当の準備なのだと思う。
腕は、手だけの問題ではない。腕は、頭の中にもある。
手術前夜、私は頭の中に、幾つもの「もし」を並べる。「もし、ここがずれていたら」「もし、瘤が予定の角度ではなかったら」「もし、出血が思ったより早かったら」。その仮定のひとつひとつが、当日、指先を支えてくれる。
脳動脈瘤のアプローチには、いつも「もう一つの道」を頭に置いておく。それが、私が手術室に持ち込む、唯一の保険のようなものだ。
あれから何年か
あの患者さんは、その後、麻痺もなくご退院になった。動脈瘤は、無事にアングルクリップで止まった。
外来でお会いするたび、私はあの夜のことを、頭の中で再生する。
もし、あの夜、私が「脳越しに行く」という選択肢を持っていなかったら。私は無理にでも、予定のアプローチで進めようとして、何かを破っていたかもしれない。
それを思うと、10年近く前のあの先生の一言が、いまもどれだけ私を助けているか、と思う。
教えるというのは、「いつ使われるか分からない言葉」を、若い人に少しずつ預けていく仕事だ。預けた言葉のうち、ほとんどは、しばらく彼らの中で眠る。けれど、ある夜、本当に困った手術室で、その言葉の意味が、ふっと立ち上がる瞬間がある。
私自身、若い後輩に手術を教えるとき、最近はよく言う。
「予定通りに見えなかったら、ここから脳を越えていけるよ。覚えとき」
その瞬間、彼らはきっと、「何のことだか分からない」という顔をする。
分からないままで、いい。あの時の私がそうだったように、いつか、誰かの手術室で、その言葉がふっと戻ってくる日がある。
もし、予定通りに進まなかったら
脳動脈瘤のアプローチに、絶対の正解はない。むしろ、絶対の正解がないことを知っているのが、外科医の責任の一部なのだ。
外科医が「準備ができている」と言うとき、それは「予定通りに進む準備」だけを意味しない。むしろ、「予定通りに進まなかった時のための準備」が、その大半を占めている。
「向こう側で見えない」と気づいた瞬間に、もう一つの道が頭の中にあること。
私が手術室で大切にしているのは、そこだ。それは技術というより、態度に近いものだと思う。患者さんを前にお会いした時から、ずっと続いている、ひとつの覚悟。
腕も技術も、もちろん磨き続ける。けれど、それより少しだけ深いところで、いつも自分に問うている。
——もし、予定通りに進まなかったら、どうするか。
この問いを手放さずにいる限り、私は、患者さんの前で立ち止まらずにいられる。
参考リンク:くも膜下出血(Wikipedia) / 日本脳神経外科学会
脳動脈瘤・脳神経外科のご相談を、迷っている方へ
「自分の脳動脈瘤、手術すべきか迷っている」
「セカンドオピニオンを聞きたい」——そんな方へ。
私が直接、お話を伺います。(相談・セカンドオピニオンの流れはこちら)
