医師の選び方に、正解はあるのでしょうか。もし自分の脳に動脈瘤が見つかったら、脳神経外科医 井上靖章が、自分が患者だったら会いたい医師の条件を本音で綴る、連載「脳神経外科医 井上靖章 手記」第13回。
もし明日、私の脳に動脈瘤が見つかったら
ときどき、本気で考えることがあります。もし明日、脳ドックで私自身の脳に動脈瘤が見つかったら、私はどうするだろう、と。
私は脳の画像を、自分で読めます。破裂リスクの数字も、治療の選択肢も、その合併症も、人に説明する側の人間です。それでも、いいえ、だからこそ、はっきり言えます。私は一人では決めたくない。信頼できる誰かに、診てもらいたい。
では、その「誰か」を、私は何で選ぶのか。今日は、医師である私が患者になったつもりで、会いたい医師の条件を本音で書いてみます。あなたやご家族が医師を選ぶときの、物差しの一つになれば嬉しいです。
白状しておくと、白衣を脱いだ私は、ごく普通の心配性です。健診の結果票が届けば、封を開ける前に一呼吸要りますし、家族の受診に付き添えば、待合室で落ち着かない。医師だから平気だろう、というのは幻想です。診察室の椅子は、座る側に回った途端、ずいぶん硬くなる。その硬さを知っている者として、書きます。
ボストンの、硬い椅子
一度だけ、その椅子に本当に座ったことがあります。ボストンで働いていた頃です。休日にカレーを作ろうと、玉ねぎの芯を包丁でくり抜こうとして、手が滑りました。刃が、左手に深く入った。外科医の、左手です。頭が、真っ白になる。アメリカで「患者」になる方法を、病院で働いているくせに、知らなかった。うろたえて電話をかけた私に、先輩の医師が教えてくれました。「お前の職場に行けばいいよ」「救急外来から入るんだよ」。私は妻に付き添われて、自分が毎日働いている病院の救急受付に、申し込みに行きました。
白衣を着ていれば庭のような場所が、患者として座ると、まるで違う場所でした。順番を待つ時間の、あの長さ。指は動くのか。神経は切れていないか。明日からも、手術ができるのか。待つあいだに、想像ばかりが膨らんでいく。縫ってもらったあとも、傷の経過を診てもらいに、形成外科の外来へしばらく通いました。あの待合室の椅子の硬さは、いまも体が覚えています。
そして、いちばん心に残ったのは、診察でも縫合でもなく、あの先輩の振る舞いでした。困っている人の気持ちに寄り添って、求められた助けを、当たり前の顔で差し出せる人。ああいう人が、優れた医師なのだと、患者の椅子の上で痛感したのです。これから書く「条件」は、机上の理屈より、あの日の実感から始まっています。
一つめ — 最後まで聞いてから、話し始める人
専門の知識や経歴より先に、私が見るところがあります。こちらの話を、途中で遮らずに最後まで聞いてくれるかどうかです。
患者になった私は、たぶん、うまく話せません。不安なとき、人は話があちこちに飛びます。時系列も乱れます。それを「要するにこういうことですね」と早々にまとめられてしまうと、いちばん伝えたかった心配事が、机の上に載らないまま診察が終わってしまう。
逆に、最後まで聞いてくれる医師の前では、患者は自分でも気づいていなかった不安を、言葉にできることがあります。診断は検査がつけてくれますが、その人がいちばん恐れていることは、聞かなければ永遠にわかりません。
これを診察室で見分けるのは、実は簡単です。初診を終えて帰り道、自分に一つ聞いてみてください。「いちばん心配だったことを、最後まで言えたか」。言えたなら、その医師は聞く人です。言いそびれたなら——あなたの話し方の問題というより、診察の空気の問題かもしれません。
二つめ — 選択肢を、平らに並べてくれる人
二つめは、この連載を読んでくださっている方には、もうおなじみの物差しです。選択肢を、自分の得意に引き寄せず、平らに並べてくれるか。
脳動脈瘤なら、経過観察、開頭手術(クリッピングやバイパス・トラッピング等)、脳血管内治療(コイル塞栓術・フローダイバーター等)。それぞれの利点と欠点を、隠さず机に並べて、「あなたの場合はこうです」と一緒に考えてくれる人。私が両方の治療を握り続けている理由も、結局はここにあります。自分が患者なら、絶対にそういう医師に診てほしいからです。
一つの治療だけを、最初から強く勧められたら。私なら、その治療が正しいかどうかより先に、「他の道と比べてくれたのか」を確かめたくなると思います。
ここにも、使える質問があります。「他の選択肢は、ありますか」。この一言への反応は、雄弁です。すっと別の道の説明が始まるなら、比較は済んでいます。不機嫌になったり、はぐらかされたりしたら、その治療方針の中身とは別に、少しだけ、立ち止まっていい合図です。
三つめ — 「わからない」と言える人
意外に思われるかもしれませんが、三つめはこれです。わからないことを、わからないと言ってくれる人。
医学には、不確実なことが残っています。破裂リスクの数字は統計であって、あなた個人の未来を言い当てる数字ではありません。手術がどれだけ順調でも、リスクをゼロと断言することは誰にもできません。それなのに、すべてを断言してくれる医師がいたら、安心できるように見えて、実はいちばん危うい。
「ここまでは分かっています。ここから先は、正直、誰にも分かりません。だから、こう備えます」。そう言える人は、不確実さから逃げずに、備えで応えようとしている人です。私は、その誠実さを信じます。
だから、質問への答えが即答でなかったとしても、がっかりしないでください。「調べて、次回お答えします」は、頼りない返事ではありません。むしろ、その場しのぎの断言より、ずっと信頼に足る返事です。
技術は、前提です
「技術の話が出てきませんね」と思われたでしょうか。
出てこないのは、軽んじているからではありません。技術は、この三つを口にする資格を得るための、前提だからです。どれだけ話を聞いてくれても、選択肢を並べてくれても、それを実行する腕がなければ、患者さんを救うことはできません。経験件数や専門医資格といった客観的な情報は、遠慮なく確かめてよいものです。私自身、自分の経験数を公開しているのは、そのためでもあります。
そのうえで、最後のひと押しは、技術の数字よりも、人としての振る舞いに宿る。私はメイヨークリニックで出会った医師たちから、そのことを教わりました。廊下で道に迷った人のために足を止められる人は、診察室でも、患者のために足を止められる人です。
「いい医師」と「合う医師」は、少し違う
もう一つ、書き添えておきたいことがあります。ここまでの三条件を満たす、客観的に「いい医師」に出会えたとして、それでも、どこか話しにくい、波長が合わない、と感じることはあり得ます。
それは、あなたのわがままではありません。治療は、一度きりの取引ではなく、長い付き合いです。特に経過観察のように年単位で続く関係では、「説明が腑に落ちる感覚」「質問しやすい空気」という相性そのものが、治療の質の一部になります。腑に落ちない説明は守れませんし、聞けない疑問は不安に育つからです。
逆もまた言えます。評判やランキングがどれほど立派でも、あなたが安心して話せない相手なら、あなたにとっての最良ではないかもしれない。「いい医師」は世間が決めますが、「合う医師」はあなたにしか決められない。医師選びの最後の一票は、いつも、患者さん自身の実感が持っています。
実は私も、選んできました
種明かしをすると、私自身、人生で何度も「医師選び」をしてきました。患者としてではありません。弟子として、です。
どの病院で研修するか。誰に手術を教わるか。誰と一緒に働くか。キャリアの節目のたび、私は「この人に自分を預けられるか」という、患者さんと同じ種類の問いに向き合ってきました。そして振り返ると、私が師匠たちを選んだ物差しは、結局、この記事の三条件と同じでした。話を最後まで聞いてくれる人。選択肢を隠さない人。わからないことを、わからないと言える人。
つまりこの三条件は、診察室で思いついた理屈ではなく、自分の人生を預ける相手を選ぶときに、私が実際に使ってきた物差しです。物差しとしての実地試験は、私の13年半で済んでいます。だからこそ、あなたにも自信を持ってお渡しできるのです。
医師選びで、よく相談されること
外来やセカンドオピニオンの場で、医師選びについて実際にいただく質問にも、お答えしておきます。
Q. 大きな病院と近くの病院、どちらがいいですか?
病気と治療の内容によります。高度な手術が必要なら設備と経験のある施設に分がありますが、経過観察や術後の通院は、通いやすさが継続の力になります。両方を組み合わせる(手術は遠く、経過は近く)こともできますので、主治医にご相談ください。
Q. 経験件数などの数字は、どこまで当てになりますか?
大切な客観情報ですが、数字だけでは「あなたの病気が得意かどうか」まではわかりません。件数と一緒に、あなたの病気に対する説明の具体性を見てください。よく知っている医師の説明は、具体的です。なお、医師本人に「ご経験は」と直接尋ねることは、失礼にはあたりません。
Q. 別の医師の意見も聞きたいのですが、失礼になりませんか?
なりません。セカンドオピニオンは公的機関でも案内されている患者さんの正当な権利で、私も歓迎しています。受け方の実際は第7回に詳しく書きました。
Q. 紹介された病院を、断ってもいいのでしょうか?
構いません。紹介はあくまで提案であって、命令ではありません。「別の施設も検討したい」と率直に伝えれば、紹介状の書き直しにも応じてもらえるのが通常です。気まずさより、あなたの納得を優先してください。
Q. どうしても相性が合わないと感じたら?
無理に我慢する必要はありません。治療は長い付き合いになります。ただ、方針への疑問なら、一度率直に質問してみてください。説明への向き合い方で、多くのことがわかります。
おわりに — 答え合わせは、毎日の診察室で
最後まで聞く。選択肢を平らに並べる。わからないことを、わからないと言う。そして、それを支える技術を磨き続ける。
書き出してみると、どれも当たり前のことです。けれど、患者の立場に立ったつもりで考えると、この当たり前を全部やってくれる医師に出会うことが、どれだけ心強いか。そして白衣の側から言えば、当たり前のことほど、毎日続けるのは難しい。外来が立て込む午後、疲れのたまった週の終わり、三条件が崩れそうになる瞬間は、私にもあります。だからこの記事は、あなたへの案内であると同時に、私自身への戒めでもあるのです。
そして、最後に一つだけ。この三条件、実は患者さんの側からも、育てられます。心配事をメモして持ってくる。質問を一つ用意してくる。それだけで、医師は聞きやすくなり、並べやすくなり、答えやすくなる。良い診察は、医師と患者の共同作業です。あなたの準備は、あなたの診察の質に、ちゃんと返ってきます。
私が会いたいと思う医師に、私自身はなれているだろうか。
その答え合わせを、私は毎日の診察室で続けています。
脳動脈瘤・脳神経外科のご相談を、迷っている方へ
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