前交通動脈瘤の治療で、狭い隙間の奥の細い穿通枝を守る繊細さを象徴する、二枚の壁のあいだに伸びる一本の細い茎

前交通動脈瘤の治療、開頭かコイルか| 分岐点

前交通動脈の動脈瘤が見つかった——。前交通動脈瘤の治療は、開頭手術でクリップをかけるのか、カテーテルでコイルを詰めるのか。私が、この場所で何を見て治療方針を決めているかをお伝えします。

※この記事の患者さんは実在の方ではありません。治療方針がどう決まるかをお伝えするために組み立てた、典型的なケースです。

小さいのに、治療した方がいい、と言われて

「そんなに大きくないんです。それなのに、治した方がいいと言われました。前交通動脈、という場所だから、と。開頭なのか、カテーテルなのか、どちらが向くのでしょう」。診察室で、こう尋ねられることがあります。

前交通動脈は、左右の脳をつなぐ、ちょうど真ん中にあたる場所です。ここにできたこぶは、たとえ小さくても、破れやすいことが知られています。だから、大きさのわりに「治療を」という話になりやすい。今日は、前交通動脈瘤の治療を、私がどう選んでいるのか——開頭とカテーテル、どこで分かれるのかをお話しします。ここは、どちらも一級の選択肢がぶつかる、悩みがいのある場所です。

ちょうど真ん中にできた、こぶ

典型的なケースを、ひとつご紹介します。

50代の女性です。健診で頭を調べたところ、前交通動脈に5mmほどの未破裂脳動脈瘤が、偶然に見つかりました。症状は何もありません。ただ、担当の医師から「小さくても、この場所は治療を考えた方がよい」と言われ、戸惑っておられました。

まず、この「小さくても治療を」の理由からお話しします。国立循環器病研究センターによれば、こぶが破れる確率は大きさとともに上がりますが、脳卒中の治療指針では、大きさが小さめでも、前交通動脈や後交通動脈といった場所にあるこぶは、破れる危険が高いとされています。つまり、前交通動脈は「場所そのものが、ひとつの理由になる」こぶなのです。

そして、ここは血管の交差点です。左右から来る二本の血管、そこから前へ伸びる血管、さらに、そのつけ根から生える、髪の毛のように細い枝。これらが、狭いところに密集している。この細い枝が、前交通動脈瘤の治療を難しくする、いちばんの理由です。

前交通動脈瘤の治療、三つの選択肢

まず整理します。前交通動脈瘤の治療は、大きく三つに分かれます。どれが向くかは、こぶの向きと、細い枝との位置関係で変わります。

  • 開頭クリッピング等:頭を開けて、顕微鏡で見ながら、こぶの根元をクリップで挟み、血流を止める
  • コイル塞栓術等:足の付け根からカテーテルを通し、こぶの中をコイルで詰める。ネックが広ければステント併用などの工夫を加える
  • 経過観察:ごく小さく、危険な形でもなければ、画像で見ながら待つこともある

大切なのは、この三つに、あらかじめの優劣はないということです。前交通動脈瘤の治療は、こぶの向きしだいで、開頭に分があることも、カテーテルに分があることもある。だから、順番ではなく、相性で選びます。

前交通動脈瘤の治療、それぞれの利点と欠点

開頭とカテーテルは、優れている・劣っているではなく、得意な場面が違うだけです。前交通動脈瘤の治療で見るべきは、いつもただ一点——「細い枝を、どちらがより安全によけられるか」です。

まず、開頭クリッピング等。利点は、顕微鏡で直接見ながら、細い枝を一本ずつよけて、根元だけを挟めることです。長い歴史のある、確実な方法でもある。一方で、頭を開けてから前交通動脈へ向かう道は、ひとつではありません。こめかみの側から、脳の自然な溝を開いて入る道。左右の前頭葉のあいだを分けて進む道。こぶがどちらを向いているかで、選ぶ道が変わります。このうち前頭葉のあいだを進む道は、においを感じる神経や、記憶に関わる部分のすぐそばを通ります。ここを乱暴に扱えば、においが分からなくなったり、もの覚えに影響が出たりすることがあります

次に、コイル塞栓術等。頭を切らずにすむのが、大きな利点です。傷は、足の付け根の小さな穴だけ。ただし、前交通動脈のこぶは入り口(ネック)が広かったり、二本の血管がこぶのすぐ脇から出ていたりして、コイルが安定しにくいことがある。その場合は、ステントなどで支える工夫が要り、血をさらさらにする薬をしばらく続けることになります。こうした治療の一般的な説明は、日本脳神経外科学会の情報も参考になります。

髪の毛ほどの枝が、どこから出ているか

5mmという大きさは、この場所では、あまり重要ではありません。私が画面に顔を近づけ、拡大して探すのは、こぶの丸みでもない。こぶのつけ根から、あの細い枝が、どの向きに出ているかです。髪の毛ほどの、その一本の走り方。前交通動脈では、そこが最初の、そして最大の見どころになります。

前交通動脈のつけ根からは、脳の奥へ向かう、とても細い枝(穿通枝)が生えています。細いけれど、その先には、記憶や、意識のはたらき、体の調子を保つ大切な一角がある。もし、この枝がこぶの根元から直に出ていれば、クリップの刃先を、その一本を巻き込まないよう、慎重に滑り込ませることになります。逆に、枝が根元から少し離れて出ていて、コイルの入り口を邪魔しないなら、カテーテルで素直に詰められる。開頭とカテーテルの分かれ目は、こぶの向きと、この枝の出かたが決めているのです。

もうひとつ、私が見るのは、こぶがどちらを向いているかです。上を向いているのか、前か、下か。この向きで、開頭の通り道の険しさも、カテーテルの入りやすさも変わります。この方の場合、こぶは前上方を向き、細い枝はつけ根から少し離れて出ていました。開頭でも、顕微鏡の下で枝を分けながら近づける。カテーテルでも、入り口をふさがずに詰められそうだった。どちらの道も、この人には通っていたのです。

他人の家の、壁と壁のあいだを通らせてもらう

左右の前頭葉のあいだを分けて進む日、私はいつも、少しばかり遠慮のような気持ちになります。ここは、本来、他人が分け入る場所ではない。よその家の、壁と壁の狭い隙間を、そっと通らせてもらうような——そんな心もちで、においの神経や、記憶に関わる部分を起こさないように、息を殺して進みます。この道を選べるかどうかより、選んだときに、どれだけ静かに通れるか。そこを冷静に見積もれない日は、無理に開頭を選ばない。自分の手に負える範囲を、正直に測ることのほうが、この場所では大事だと思っています。

医学が枠を引いて、その内側は本人が決める

どちらの道も、安全に通せる。そこで初めて、医学ではないものの出番になります。

技術の上でどちらの道も通せるのなら、そこから先は、ご本人の希望を、私はできるだけ尊重します。細い枝を守れるかどうかで、まず医学が外枠を引く。その枠の中でなら、選ぶのはご本人でいい。そう考えているからです。この方は、「傷が小さいほうが、仕事にも早く戻れる」と言われました。細い枝の事情がそれを許すのなら、その希望は、じゅうぶんに選ぶ理由になります。逆に、もし枝がこぶの根元に絡んでいて、カテーテルでは危ういと見えたら、私は迷わず開頭を勧めたはずです。本人の希望が通るのは、あくまで医学が「ここまでは安全」と線を引いた、その内側までです。

開頭とカテーテル、どちらの手も持っているからこそ、「自分の得意なほう」を先に立てず、この方の枝の出かたと、この方の希望の、両方をまっすぐ見ていられます。

においと、名前と、昨日のこと

最後まで私の胸にあったのは、こぶそのものより、この方の暮らしのほうでした。前交通動脈の細い枝が守っているのは、料理のにおいが分かること、大切な人の名前を思い出せること、昨日の出来事を覚えていること。そんな、当たり前の一日です。だから私は、どちらの道を選ぶにせよ、この一本の枝を守れるかを、最後の最後まで確かめます。こぶを消すことより、この方の明日の食卓のにおいを、こちらの都合で奪わないこと。前交通動脈に向き合うとき、私はいつも、最後はそこへ立ち返ります。

場所が難しいからこそ、急がなくていい

前交通動脈は、血管が密集した、確かに手ごわい場所です。けれど、手ごわいということは、それだけ丁寧に選べば、あなたに合う道が見つかる、ということでもあります。開頭に向いたこぶもあれば、カテーテルに向いたこぶもある。決めるのは、こぶの大きさではありません。その向きと、つけ根から生える細い枝の走り方です。

病院によって「クリップ」「コイル」と勧めが分かれることも、この場所では珍しくありません。それは優劣ではなく、両方の道が通っているからです。迷いが残るなら、別の医師に意見を聞くセカンドオピニオンを。前交通動脈瘤の治療に、たった一つの正解はありません。医学がこぶの向きと細い枝で外枠を引き、その内側でなら、傷の大きさも、体の負担も、あなたの物差しで選んでいい。狭い隙間の奥にある髪の毛ほどの一本が守っているのは、明日のあなたの、いつもと同じ食卓の香りなのですから。

よくある質問

前交通動脈瘤は、小さくても治療した方がいいのですか?

大きさだけでは決まりません。ただ、前交通動脈は、小さめのこぶでも破れる危険がやや高い場所とされ、治療を考える理由になります。こぶの形や向き、ご本人の年齢や希望も合わせて判断します。ご自身の場合は主治医にご確認ください。

前交通動脈瘤は、クリップとコイルのどちらが向きますか?

一概には決まりません。こぶの向き(上向き・前向き・下向き)と、つけ根から出る細い枝との位置関係で、開頭のほうが安全なことも、カテーテルのほうが素直なこともあります。どちらも一級の選択肢なので、相性で選びます。迷うときはセカンドオピニオンという道もあります。

開頭手術で、においや記憶に影響が出ると聞いて不安です。

開頭で前交通動脈へ向かう道のうち、左右の前頭葉のあいだを通る道は、においの神経や記憶に関わる部分のそばを進みます。そのため、まれに影響が出ることがあります。だからこそ、細い枝や通り道を守れるかを慎重に見積もり、カテーテルのほうが安全なら、そちらを選びます。心配な点は、遠慮なく主治医にお尋ねください。

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開頭手術と血管内治療の両方を駆使する脳神経外科医 井上靖章

井上靖章(いのうえ やすあき)

脳神経外科医・医学博士。日本脳神経外科学会専門医・指導医、日本脳神経血管内治療学会専門医、日本脳卒中学会専門医。京都大学医学部卒業。米国メイヨークリニックでの研究研修、ハーバード大学医学部ブリガム&ウィメンズ病院フェローを経て、湖東記念病院 脳神経外科部長。開頭手術と脳血管内治療の両方を自分の手で行う「二刀流」の脳神経外科医。治療方針は、開頭手術・脳血管内治療・経過観察のすべてを並べて示すことを原則としている。

プロフィール・実績の詳細 / 「分岐点」の記事一覧 / X(@yasuaki_neuro)

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