分岐点 第16回

頭蓋内動脈狭窄、薬かステントか| 分岐点

頭蓋内動脈狭窄症の治療では、薬で管理するか、ステントで狭いところを広げるか——。「脳の中の血管が細い」と言われると、多くの方が「広げてほしい」と願います。私が、まず薬を土台に置く理由と、ステントを足す線引きをお話しします。

2026.9.28 読了の目安 約9分 井上靖章

※一般的な情報です。個別の診断・治療に代わるものではありません。

この記事の目次
  1. 狭いなら、広げてほしい
  2. 血管の中が、細くなっていた
  3. 薬か、ステントか
  4. 頭蓋内動脈狭窄症の治療、それぞれの利点と欠点
  5. 広げたほうが、危なかった
  6. 広げる前に、確かめること
  7. 「広げてほしい」に、どう応えるか
  8. 足さないことも、治療のうち
  9. よくある質問

※この記事の患者さんは実在の方ではありません。治療方針がどう決まるかをお伝えするために組み立てた、典型的なケースです。

狭いなら、広げてほしい

「脳の中の血管が、狭くなっています」。そう告げられて、次に多くの方が口にするのは、こういう言葉です。「じゃあ、広げてもらえるんですよね」。

その気持ちは、よく分かります。細い管があれば、広げたくなる。私も、道具や仕組みが好きな人間なので、詰まりかけた管に金属の網を通して、内側からぐっと押し広げる——その仕組みそのものには、正直、心を惹かれるところがあります。けれど、頭蓋内動脈狭窄症の治療で、まず私が差し出すのは、ステントではありません。薬です。

今日は、頭蓋内動脈狭窄症と言われたとき、なぜ「広げる」より先に「薬」なのか。そして、ステントという道具を、どういう場面で足すのかを、お話しします。

血管の中が、細くなっていた

外来で出会う典型を、ひとりの方に凝縮してみます。

60代後半の男性です。数週間前、片方の手が急にしびれ、言葉が少しもつれました。ほんの数分でおさまったのですが、心配になって受診。検査をすると、脳の中を走る太い動脈(中大脳動脈の根元あたり、M1)が、動脈硬化で内側から細くなっていました。頭蓋内動脈狭窄症です。あの一過性の症状は、その狭いところの先に、血がうまく巡らなかったサインでした。

この方には、長いあいだの高血圧と、糖尿病、そして喫煙の習慣がありました。診察室で、少し諦めたように言われました。「今さら、生活なんて変えられませんよ」。そして、こう続けました。「それより先生、狭いところ、広げてもらえませんか」。

その気持ちに、頷きそうになる。けれど、この方をいちばん守るのは、その「広げる」ではないかもしれない——私は、そう考えていました。

薬か、ステントか

頭蓋内動脈狭窄症を前にしたとき、大きな分かれ道は二つです。まず結論から言えば、土台になるのは薬のほうです。

  • 薬物治療:血をサラサラにする薬(抗血小板薬)をしっかり使い、あわせて血圧・血糖・コレステロールを強力に管理し、禁煙する。狭さそのものは残るが、その先で血栓ができるのを防ぐ
  • 血管内治療(ステント):カテーテルで狭いところを風船で広げ、金属の網(ステント)を留置して、内側から支える

「狭いところがあるなら、広げれば解決」——直感では、そう思えます。ところが、脳の中の血管では、その直感が、必ずしも正しくないのです。

頭蓋内動脈狭窄症の治療、それぞれの利点と欠点

どちらが優れている、という単純な順位はありません。ただ、この病気には、順番があります。

まず、薬物治療。利点は、体を傷つけずに始められ、しかも狭さの「先」で起きる血栓を、全身まるごと抑えにいけることです。欠点は、狭さそのものは消えないこと。そして、薬をきちんと続け、生活を整える努力が要ることです。ここは、地味だけれど、いちばん効きます。

次に、ステント。利点は、狭いところを物理的に広げられることです。目に見えて、血の通り道が太くなる。ただし、脳の中の血管はとても繊細で、広げる操作そのものが、その場で新たな脳梗塞を引き起こすことがあります。ここが、手足や心臓の血管とは、大きく違うところです。

この「広げる操作の危うさ」を、はっきり示した研究がある。次に、その話を。

広げたほうが、危なかった

SAMMPRISという、よく知られた臨床試験があります。脳の中の血管が強く狭くなり、症状が出た方を、二つのグループに分けて比べました。一方は薬をしっかり使う積極的な内科治療、もう一方はそこにステントを足す治療です。

結果は、多くの人の予想と、逆でした。治療してから30日のあいだに、脳卒中を起こすか亡くなった人が、ステントを足したグループでおよそ15%、薬だけのグループではおよそ6%。つまり、「広げた」ほうが、脳卒中が多かったのです。この試験は、途中で止められました。

誤解しないでほしいのですが、これは「ステントが悪い道具だ」という話ではありません。狭いところを広げる操作には、脳の中では相応の危うさがあり、一方で、薬と生活の管理は、私たちが思っていた以上に、ちゃんと効く。「何かした方が安心」という感覚が、いつも正しいとは限らない——この病気は、それを静かに教えてくれます。詳しい考え方は、日本脳卒中学会や日本脳神経血管内治療学会の情報も参考になります。

広げる前に、確かめること

では、この狭窄を前に、私は何を考えていたのか。狭さが何パーセントか——じつは、そこは出発点にすぎません。本当に知りたかったのは、この狭さは薬で守り切れる範囲にあるのか、それとも薬を尽くしてもなお、その先の脳に血が足りていない兆しがあるのか、でした。ステントを足すかどうかは、その一線の、向こう側の話です。

同じ「70%狭い」でも、中身はまるで違います。薬を始めてから症状がぴたりと止まる人もいれば、薬を尽くしてなお、繰り返し発作を起こす人もいる。前者に、危ういステントを急いで足す理由はありません。後者では、話が変わってくる。だから私は、狭さの数字を入り口にはしても、そこを出口にはしない。薬を土台に据えたうえで、その人の血流が、これから足りていくのか、足りないのか。そこから、目を離しません。

SAMMPRISが教えてくれたのは、頭蓋内動脈狭窄症の治療における「引き算」の大切さでした。狭いところがある。だから足す——ではなく、まず土台をきちんと敷いて、それでも足りない一点にだけ、道具を足す。手数の多さが、その人を守るとは限らないのです。

ステントを、足すとき

では、ステントの出番はどこか。薬をしっかり使い、リスク因子も整えた。それでもなお、同じ血管の先で発作を繰り返す。血が足りない、というサインが消えない。そういう限られた場面では、危うさを引き受けてでも広げる意味が出てきます。あるいは、緊急で血管が詰まりかけたときの、いわば救援としての一手。ステントは、最初に振る道具ではなく、薬で守り切れなかった一点に、最後に添える道具だと、私は考えています。

「広げてほしい」に、どう応えるか

では、「広げてほしい」と強く望むこの方に、私はどう向き合ったか。

頭ごなしに「ステントはやめましょう」とは、言いませんでした。それでは、この方の願いを、ただ押し戻すだけになる。私がしたのは、時間をかけて、繰り返し説明することでした。狭さは残っても、その先の血栓を薬で抑えれば、脳卒中はぐっと減らせること。逆に、いま急いで広げれば、かえってその場で脳梗塞を起こしかねないこと。何もしていないどころか、いちばん効く手を、いちばん先に打っているのだということ。

私は、血管内治療を自分の手で行います。ステントを留置することも、できる。だからこそ、「できないから勧めない」のではなく、できるうえで、いまは足さないほうがよいと考えると、正面から言える。「できるうえで、いまは足さない」——その一線は、言葉を尽くさずとも伝わると、私は信じています。

生活を、変えられないと言う人へ

もう一つ、私が引き下がらなかったのは、「今さら生活は変えられない」という一言に対してでした。ここで頷いてしまうのは、やさしさではありません。たぶん、こちらの怠慢です。血圧、血糖、たばこ。この三つを動かせるかどうかが、ステント一本より、この方の10年を左右する。だから私は、しつこいと思われても、そこを手放しませんでした。全部を一度にとは言わない。まず、たばこ一本から。次の外来で、この方が「本数、減らしてみた」と少しばつが悪そうに言われたとき、私は内心、そっとガッツポーズをしていました。

足さないことも、治療のうち

脳の中の血管が狭いと言われたら、「早く広げてほしい」と思うのは、当たり前のことです。けれど、頭蓋内動脈狭窄症の治療では、広げることが、いつも最善とは限りません。まず薬を土台に敷き、生活を整え、道具を足すのは、それでも足りない一点にだけ。それが、遠回りに見えて、いちばん脳卒中を減らす道であることがあります。

もし、狭いのに薬だけと言われて、放っておかれるようで不安なら、その気持ちは、遠慮なく主治医に伝えてください。なぜ薬が先なのか、どうなったらステントを考えるのか、腑に落ちるまで聞いていい。別の医師の考えを聞いてみるセカンドオピニオンも、その一つです。広げる人も、薬で守る人もいて、どちらも逃げではない。狭いところを、慌てて広げないという勇気が、あなたの脳を守ることがある。どうか、それを覚えておいてください。

よくある質問

脳の血管が狭いのに、薬だけで大丈夫なのですか?

多くの場合、まず薬物治療が土台になります。血をサラサラにする薬(抗血小板薬)と、血圧・血糖・コレステロールの管理、禁煙を組み合わせると、狭さそのものは残っても、その先で起きる脳梗塞をかなり減らせることが知られています。薬だけでよいかどうかは、狭さの程度や症状の出方によって変わるため、主治医にご確認ください。

ステントで広げれば、確実に安全になるのではないですか?

必ずしも、そうとは言えません。脳の中の血管はとても繊細で、広げる操作そのものが、その場で脳梗塞を引き起こすことがあります。ある臨床試験では、ステントを足したほうが、薬だけよりかえって脳卒中が多いという結果が出ました。ステントは、薬でも発作を繰り返す場合など、限られた場面で検討される治療です。

薬を続けても発作が起きるときは、どうなりますか?

薬をしっかり使い、生活も整えたうえで、なお同じ血管の先で発作を繰り返す場合には、ステントによる治療を検討することがあります。頭蓋内動脈狭窄症の治療は、狭さの場所や形、全身の状態を合わせて個別に判断します。迷うときは、セカンドオピニオンという道もあります。ご自身の場合は主治医にご相談ください。

開頭手術と血管内治療の両方を駆使する脳神経外科医 井上靖章

井上靖章(いのうえ やすあき)

脳神経外科医・医学博士。日本脳神経外科学会専門医・指導医、日本脳神経血管内治療学会専門医、日本脳卒中学会専門医。京都大学医学部卒業。米国メイヨークリニック留学、ハーバード大学医学部ブリガム&ウィメンズ病院フェローを経て、湖東記念病院 脳神経外科部長。開頭手術と脳血管内治療の両方を自分の手で行う「二刀流」の脳神経外科医。治療方針は、開頭手術・脳血管内治療・経過観察のすべてを並べて示すことを原則としている。

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