脳神経外科医 井上靖章 手記 第22回 / 全47回 第1回から読む

脳動脈瘤は何ミリから危険なのか — 大きさだけで決めない理由

脳動脈瘤は何ミリから危険なのか、外来でいちばん多い質問の一つです。答えは「大きさは重要。でも、大きさだけでは決まらない」。数字の本当の意味を、脳神経外科医 井上靖章が丁寧に説明する、連載「脳神経外科医 井上靖章 手記」第22回。

2026.10.21 読了の目安 約9分 井上靖章
この記事の目次
  1. 「5ミリです」と告げたあとの、沈黙
  2. そもそも5ミリとは、どれくらいか
  3. ミリの世界の、住人として
  4. 数字の目安 — 大きいほど、破裂しやすい
  5. 同じ5ミリでも、同じではない
  6. 「測る」という仕事の、内側
  7. 「何ミリから危険」と言い切る情報に、ご注意を
  8. 数字と、どう暮らすか
  9. 大きさについて、よく聞かれること
  10. おわりに — 定規では、測れないもの

「5ミリです」と告げたあとの、沈黙

「動脈瘤の大きさは、5ミリです」。外来でそう告げると、短い沈黙のあと、ほとんどの方が同じ質問をされます。「それは……大きいんですか?」。その短い沈黙の間に、頭の中でいくつもの検索結果が渦巻いているのが、机のこちら側にも見えるようです。

もっともな質問です。5ミリと言われても、比べるものがなければ、大きいのか小さいのか、見当のつけようがありません。健診の季節になると、この質問と向き合う機会が増えます。今日は、この「何ミリ問題」に、正面からお答えします。

そもそも5ミリとは、どれくらいか

最初に、大きさの実感から。5ミリは、小豆ひと粒ほど。鉛筆の軸より、少し細いくらいです。「脳の中の爆弾」という言葉から想像されるものより、ずっと小さいのではないでしょうか。

外来で実物大の図をお見せすると、皆さん少しだけ、ほっとした顔をされます。敵の正体は、見えないうちが、いちばん大きく育つものだからです。

ただし、これを載せている血管のほうも、細いのです。動脈瘤のできる脳の血管は、太いところでも数ミリ。5ミリの膨らみが、もとの血管より大きいこともあります。小豆ほどの大きさでも、血管から見れば、決して小さな出っ張りではないのです。しかも動脈瘤は、ただの静かな袋ではありません。心臓が打つたびに血流の圧を受け続ける、働いている血管壁の膨らみです。数字の背景には、そういう立体と時間があります。とはいえ、怖がる前に、次の数字を正確に見てください。大きさとリスクの関係は、思っているより、ずっと段階的です。

ミリの世界の、住人として

少しだけ、私の職場の話を。脳神経外科医の仕事場は、そもそもがミリの世界です。修行時代、札幌で私が目標にした手術の一つに、左脳と右脳のあいだの隙間(大脳間裂といいます)を切り開いて、奥の病変に到達するものがありました。もろい脳と脳のあいだの本当に狭い隙間を、顕微鏡で覗きながら、ハサミで少しずつ進む。雑に扱えば、脳は簡単に傷みます。丁寧に、それでいて止まらずに進む技術に、私は半年間、必死で食らいつきました。

だから「5ミリ」という数字を、私は定規の目盛りとしてではなく、手の感覚として知っています。5ミリは、私たちの世界では決して「小さい」数字ではありません。そして同時に、パニックになるような数字でもありません。ミリの世界の住人として、その両方の意味を、ここからお伝えしていきます。

数字の目安 — 大きいほど、破裂しやすい

まず、事実から。動脈瘤は、大きいものほど破裂しやすい。これは日本の大規模調査(UCAS Japan)ではっきり示されています。

3〜4ミリの動脈瘤を基準にすると、破裂のリスクは、7〜9ミリでおよそ3倍、10〜24ミリでおよそ9倍。25ミリ以上の巨大なものでは、桁が変わります(この大きさになると、破裂以外に、周囲の神経を圧迫する症状の問題も出てくるため、また別の議論になります)。逆に、3〜4ミリの小さな動脈瘤そのものの年間破裂率は、かなり低い数字にとどまります。

この傾向から、実際の外来では、5〜7ミリあたりが「治療を検討し始める議論の分かれ目」になることが多い。ここまでは、教科書的な話です。ちなみにこのUCAS Japanは、日本人の未破裂脳動脈瘤を大規模に追跡した調査で、私たちが日本の外来で数字を語るときの、判断の土台の一つになっています。問題は、ここからです。

同じ5ミリでも、同じではない

もし大きさだけで決まるなら、外来は簡単です。定規で測って、基準と見比べて、終わり。けれど実際には、同じ5ミリでも、危険度のまったく違う動脈瘤があります。

場所が違えば、リスクが違います。前交通動脈や、内頸動脈-後交通動脈分岐部にできた動脈瘤は、中大脳動脈にできたものに比べて、破裂のリスクがおよそ2倍。同じ5ミリでも、どこにあるかで意味が変わります。

形が違えば、リスクが違います。表面がなめらかな半球状のものと、ブレブと呼ばれる不整な出っ張りを持つもの。後者は破裂リスクが約1.6倍とされ、形のいびつさは、私たち外科医がかなり重視するサインです。

そして、変化するかどうか。経過観察中に大きくなってきた動脈瘤は、たとえまだ小さくても、要注意です。「大きさ」という静止画だけでなく、「大きくなりつつあるか」という動画で見る必要があります。

さらに、動脈瘤側の条件だけでなく、あなた自身の条件(年齢、血圧、喫煙、くも膜下出血の家族歴、多発の有無)も重ねて考えます。前回の記事で書いた「判断の軸」です。

外来の、二つの景色

実際の外来の景色を、二つだけお見せします(複数の方の経過を組み合わせた例です)。一人は、4ミリの動脈瘤の方。数字だけなら小さい。けれど場所は破裂率の高い前交通動脈で、形にはブレブがあり、血縁にくも膜下出血の方がいる。この方には、小さくても治療の検討をお勧めしました。もう一人は、6ミリの方。数字だけなら、治療を考えはじめる大きさです。けれど場所は破裂しにくいタイプで、形はなめらか、ご高齢で他の病気もある。この方は、経過観察を選ばれ、いまも穏やかに通院されています。

4ミリに治療を勧め、6ミリを見守る。定規だけ見ていたら、あべこべに見えるでしょう。でも、これが「大きさだけでは決まらない」ということの、実際の姿です。

「測る」という仕事の、内側

もう一つ、数字を読むときに知っておいてほしいことがあります。動脈瘤の計測には、わずかな誤差がつきものなのです。

動脈瘤は完全な球ではないので、どの角度で測るかで数字は少し変わります。撮影の条件や機械が違えば、0.5ミリ程度の差は出得ます。だから、「前回5ミリ、今回5.5ミリ」という結果を見ても、即座に「大きくなった!」と青ざめなくていい。前回と今回の数字が違えば、私は、同じ条件で撮った画像を並べ直して、本当にこぶが大きくなったのかを確かめます。経過観察でなるべく同じ施設・同じ検査を続けるのは、このためです。

ちなみに、レポートの数字の丸め方(5.2ミリと書くか、5ミリと書くか)も施設によって違います。コンマ以下の揺れに、一喜一憂は要りません。定規の目盛りより、変化の流れを読む。それが「測る」という仕事の内側です。

「何ミリから危険」と言い切る情報に、ご注意を

ここまで読んでくださった方には、もうお分かりいただけると思います。「◯ミリから危険」「◯ミリ以下なら安心」と、大きさだけで言い切る情報は、単純化しすぎです。

数字は、不安をあおるためにあるのではありません。あなたの動脈瘤の「素性」を見積もり、あなたを守るための材料です。大きさ、場所、形、変化、そしてあなたの背景。専門医はこれらを重ねて、初めて「あなたの場合」の話をします。もし「5ミリだから手術」「4ミリだから放置」といった、大きさ一つだけの説明で方針が決まりそうになったら、理由をもう一歩、聞いてみてください。納得できる答えが返ってくるはずです。返ってこなければ、別の専門医の意見を聞く選択もあります。

ネットの体験談にも、同じ注意が要ります。「◯ミリで破裂した」「◯ミリだけど手術した」という個別の話は、その方にとっての真実ですが、場所も形も背景も違うあなたの動脈瘤には、そのまま当てはまりません。統計は集団の地図、体験談は一人の旅行記。どちらも読み物としては貴重ですが、あなたの道順は、あなたの画像と、あなたの暮らしからしか引けないのです。

数字と、どう暮らすか

最後に、数字を知ったあとの暮らし方について。

「5ミリ」と告げられた日から、次の検査までの数か月を、数字に見張られるように過ごす方がいます。どうか、逆にしてください。見張るのは、私たちの仕事です。あなたの仕事ではありません。あなたの側の仕事は、血圧を整え、たばこと距離を置き、検査の日を守ること。それだけです(経過観察の実際は、いずれ改めて詳しく書きます)。

数字と暮らすコツは、数字を「持ち歩かない」ことです。診察室で真剣に向き合い、帰り道で鞄にしまい、次の検査の日にまた取り出す。その間の日々は、5ミリのことなど忘れて構いません。忘れても、私たちのカルテは忘れませんから。それでも不安が勝る夜は、この記事に戻ってきてください。数字の意味は、読み返すたびに、少しずつあなたの味方になっていきます。

大きさについて、よく聞かれること

Q. 3ミリと言われました。放っておいて大丈夫ですか?

小さな動脈瘤の破裂率は低く、経過観察となることが多いです。ただし場所や形、家族歴によっては小さくても慎重に扱います。「放置」ではありません。定期的な画像検査で見守るのが基本です。本文の「4ミリでも治療を検討した例」も、参考にしてください。

Q. 何ミリになったら手術ですか?

一律の基準はありません。5〜7ミリ前後から治療を検討する議論が始まることが多いですが、場所・形・年齢・背景で答えは変わります。あなたの動脈瘤としての評価を、専門医に確認してください。

Q. 動脈瘤は、どのくらいの速さで大きくなりますか?

多くはほとんど変化しませんが、一部に大きくなるものがあり、それは破裂リスクの上昇を示す重要なサインです。だからこそ、経過観察では同じ条件での定期的な撮影が大切になります。

Q. 動脈瘤が2つあります。3ミリと3ミリなら、6ミリ分危険なのですか?

足し算はしません。それぞれの動脈瘤を、場所と形を含めて別々に評価します。ただし「多発」であること自体はリスク評価に加える要素で、経過観察もそれぞれについて行います。

Q. MRIとCT、どちらで測るのですか?

経過観察では、造影剤や被ばくなしで血管を描出できるMRI(MRA)を使うことが一般的です。治療を検討する段階では、より詳しい検査を追加することがあります。

おわりに — 定規では、測れないもの

動脈瘤の大きさは、大切な数字です。私も外来で、必ず最初に測ります。

でも、その数字のあとに続く時間——場所を見て、形を見て、あなたの生活を聞いて、一緒に考える時間——のほうが、本当は何倍も大切です。

5ミリという数字と一緒に暮らすのは、最初は落ち着かないものです。変化がないかは、次の検査で一緒に確かめましょう。その日まで、あなたは、あなたの生活を続けてください。

数字は、あなたを脅かすためではなく、守るためにあります。

そのことだけ、覚えて帰ってください。

脳動脈瘤は何ミリから危険かを説明する脳神経外科医 井上靖章

井上靖章(いのうえ やすあき)

脳神経外科医・医学博士。日本脳神経外科学会専門医・指導医、日本脳神経血管内治療学会専門医、日本脳卒中学会専門医。京都大学医学部卒業。米国メイヨークリニック留学、ハーバード大学医学部ブリガム&ウィメンズ病院フェローを経て、湖東記念病院 脳神経外科部長。開頭手術と脳血管内治療の両方を自分の手で行う「二刀流」の脳神経外科医。治療方針は、開頭手術・脳血管内治療・経過観察のすべてを並べて示すことを原則としている。

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