医師のキャリアをtrimestersに分けると、見える景色が変わります。24歳から13年ずつ、貯める、使う、譲る。脳神経外科医 井上靖章が、医師としてのキャリアと生き方の設計図を綴る、連載「脳神経外科医 井上靖章 手記」第12回。
ある冬の夜に、書きつけた図
妊娠の経過を、医学では三つの期、trimester(トライメスター)に分けて考えます。同じお腹の中の時間でも、初期と中期と後期では、育つものも、気をつけるべきことも、まるで違うからです。
ある冬の夜、日記を書いていて、ふと手が止まりました。医師になったのが24歳。そこから13年が経って、37歳。ならば次の13年が終わるのは50歳で、その次は63歳——。ノートの隅に、三つの区画に分けた横棒を引いて、それぞれに名前を書き込みました。たった一本の線ですが、書いた瞬間、頭の中の霧が晴れるような感覚があったのを覚えています。
書き並べてみて、気づきました。医師のキャリアも、13年ずつの三つの期に分けられるのではないか。妊娠のtrimesterのように、それぞれの期で育てるものが、まるで違うのではないか、と。
その夜に書いた図を、今日は連載で初めて、ちゃんとお見せしたいと思います。これまで第2回などで言葉だけ触れてきた、私のキャリア観の背骨です。
1st trimester — 貯める13年(24〜37歳)
最初の13年は、貯めるときです。技術、知識、経験、そして人脈と信頼。とにかく自分という器に、貯められるだけ貯める。
実はこの図は、順風満帆の夜に書いたものではありません。キャリアの大波の中で、自分の現在地を見失いかけていた時期の、いわば遭難者の海図でした。だからこそ、実感がこもっていると思っています。
私の1st trimesterは、千葉の病院で始まりました。夜の手術室で練習を重ね、札幌へ武者修行に出て、米国の医師免許を取り、ボストンでフェローとして働き、33歳で部長になった。振り返れば、給料をいただきながら、脳神経外科医としての学校に通わせてもらった13年だったと思います。手術の技術だけではありません。チームのつくり方、人の育て方、組織の中での身の処し方。マネジメントの学校でもありました。
卒業試験は、突然に
そして最後に、思いもよらない形で、この期の卒業試験のような日々が来ました。一度はすべてを失ったと思った時期です。あのとき手元に残っていたものが、この13年で本当に貯まっていたものでした。技術と、芯と、仲間。貯金通帳は嘘をつきませんが、キャリアの通帳も、嘘をつかないのだと知りました。
この期の過ごし方のコツを、一つだけ挙げるなら、選り好みをしないことです。若い頃の私は、雑用と呼ばれる仕事も、専門外の相談も、来るものはたいてい引き受けました。当時は損な性分だと思っていましたが、いま棚卸しをすると、あの雑多な引き受けが、技術の幅と人脈の厚みになっています。貯める期の預金は、何が利息を生むか、預けた時点では分からないのです。だから、広く貯める。使い道を決めるのは、次の期の自分に任せればいい。
2nd trimester — 使って挑む13年(37〜50歳)
次の13年は、使うときです。貯めた価値と信頼を使って、挑戦する。新しい価値を、自分の手で作る。プレイヤーとしての人生の、クライマックスに当たる期だと私は考えています。
貯める13年。使う13年。譲る13年。
私はいま、この2nd trimesterの入口に立っています。体力と技術の両方が高い水準で重なる、一度きりの時期。滋賀の湖東記念病院で、開頭手術と脳血管内治療の両方を使って脳動脈瘤治療に取り組んでいるのも、価値観で選んだ場所で挑戦すると決めたのも、すべてこの設計図の上にあります。
大切なのは、この期の目的が「地位を上げること」ではない、ということです。貯めたものは、使わなければただの在庫です。誰のために、何に使うか。それを決めるのが、2nd trimesterの本当の仕事だと思っています。
そして、入口に立って気づいたことがあります。「使う」は、思っていたより勇気が要る。貯めたものを使えば、減る気がする。安定した場所から出れば、失う気がする。貯める期に染みついた「守りの癖」が、使う期の足を引っ張るのです。でも、技術も信頼も、お金と違って、使って減るものではありませんでした。むしろ、使った分だけ、次の技術と信頼を連れて戻ってくる。出し惜しみこそが、この期のいちばんの損失なのだと、いまは自分に言い聞かせています。
3rd trimester — 譲って支える13年(50〜63歳)
三つめの13年は、譲るときです。体力も、思考の速さも、いつかは必ず落ちていく。そうなったら、第一線は後進に譲る。これを決めておかないと、譲れないまま年を重ねて、自分も周りも苦しくなります。医療の世界で、その姿を見たことがある人は、少なくないはずです。
ただ、譲ることは、退くことではありません。1stと2ndで貯めた経験と人脈を使って、今度は支える側から、もっと大きな仕事を動かせばいい。そしてその先は、人生の「卒業生」として、体と相談しながら、好きな活動を続ければいい。引き際を恐れて設計図から消してしまうより、最初から章として組み込んでおくほうが、ずっと健やかだと思うのです。
先に区切りを引いておくからこそ、いまの期で何を優先すべきかが、はっきり見える。
それに、譲る準備は、実は50歳から始めるものではありません。いま、手術を教えるとき、考え方を若い人に渡すとき、私は3rd trimesterの予行演習をしています。譲るという技術も、他の技術と同じで、ぶっつけ本番ではうまくいかない。そう思うからです。
なぜ「13年」なのか
ところで、なぜ13年なのかと聞かれることがあります。種を明かせば、私が医師になった24歳を起点に、体力や役割の変わり目を素直に置いていったら、たまたま13年ずつになった。それだけです。妊娠のtrimesterも、きっちり均等ではありません。大事なのは年数の正確さではなく、「いまの自分は、何を育てる期にいるのか」という問いを持つことのほうです。あなたの区切りが10年でも15年でも、設計図としてはちゃんと機能します。
章を替える勇気
この設計図を書いてから、思い出したことがあります。私は昔から、人生の章を替えながら生きてきました。野球に打ち込んだ中学から、高校では楽器に替え、大学ではまた別のことに夢中になった。章が替わるたびに、前の章で貯めたものが、思わぬ形で次の章を助けてくれる。
医師になって13年半。一つの章が終わり、新しい章が始まったいま、あらためて思います。章が変わることは、終わりではない。むしろ、前の章の意味は、次の章で初めてわかるのです。
もし、1st trimesterの真ん中で焦っている若い人がこれを読んでいたら、一つだけ。貯める期の成果は、貯めている本人には、ほとんど見えません。通帳の残高が見えるのは、引き出すときです。同期が輝いて見える夜も、あなたの器には、ちゃんと今日の分が貯まっています。
そしてこれは、キャリアの話だけではないと思っています。病気や手術をきっかけに、人生の設計図が変わってしまった方を、私は診察室でたくさん見てきました。予定していた章立てが、突然書き換えられてしまう。その戸惑いと悔しさは、いかばかりかと思います。それでも、章が変わっても、それまでに貯めてきたものは消えません。新しい章には、新しい章の育ち方があります。trimesterとは本来、その中で人が育っていく時間の区切りのことなのですから。
おわりに — あなたは、どの期を歩いていますか
貯める13年。使う13年。譲る13年。もちろん、これは私の設計図であって、正解ではありません。10年ずつの人もいれば、章の名前が違う人もいるでしょう。
ただ、もしよければ、一度書き出してみてください。紙とペンで、横棒一本。医師でなくても、同じです。いまの仕事に就いた年を起点に、区切りを置いて、それぞれの期に「育てるもの」の名前をつけてみる。自分はいま、人生のどのあたりにいて、この期では何を育てるのか。それが見えるだけで、今日やるべきこと、そして、今日はやらなくていいことが、少し変わるかもしれません。あれもこれもと焦る日々の正体は、案外、「全部を今の期でやろうとしていること」だったりするのです。
横棒一本の設計図を胸に、私は、2nd trimesterの入口にいます。
ここからが、いちばん面白い。
