脳のバイパス手術とは、詰まったり細くなったりした脳の血管の代わりに、別の血管をつなぎ、新しい血液の通り道を作る手術です。心臓のバイパス手術と、考え方はよく似ています。どんなときに必要なのか。脳のバイパス手術とは何かを、脳神経外科医の井上靖章が、患者さん・ご家族にわかりやすく解説します。
「脳の血管が細くなっている」「血流が足りない」と言われたとき、その対策として出てくるのがバイパス手術です。聞き慣れない言葉に、不安を感じる方も多いと思います。
この記事では、脳のバイパス手術とは何かを、道路の迂回路にたとえながら説明していきます。
脳のバイパス手術とは——新しい「血液の通り道」を作る
道路が工事でふさがると、車は別の「迂回路」を通ります。バイパス手術の発想も、これと同じです。脳のバイパス手術とは、血液が流れにくくなった部分を迂回して、別の血管から新しい通り道を作ってあげる手術です。
たとえば、頭の皮膚を流れる血管(浅側頭動脈)を、脳の表面の血管につなぎます。すると、その新しい道を通って、血流の足りなかった脳に、血液が届くようになります。脳を「兵糧攻め」から救う手術、と言ってもいいでしょう。
どんなときにバイパス手術が必要なのか
バイパス手術が必要になるのは、おもに次のような場合です。
- もやもや病:脳の太い血管が細くなり、血流が不足する病気。子どもにも大人にも起こる
- 脳の血管の狭窄・閉塞:動脈硬化などで血管が細くなり、脳梗塞のリスクが高い場合
- 複雑な脳動脈瘤:コブを治すために血管を閉じる必要があり、その先の血流を補いたい場合
とくにもやもや病は、バイパス手術がよく行われる代表的な病気です。さらに、複雑な脳動脈瘤では、クリッピングやコイル塞栓術等だけでは治せないことがあります。そうしたとき、バイパスで血流を確保したうえで、コブにつながる血管を閉じる(トラッピング)という高度な治療を組み合わせます。
バイパスにはいくつかの種類がある
バイパス手術は、つなぎ方や流す血液の量によって、いくつかに分かれます。つなぎ方は、大きく三つです。
- 直接バイパス:血管どうしを直接縫い合わせる。すぐに血流が増える
- 間接バイパス:血流の豊富な組織を脳の表面に置き、新しい血管が育つのを待つ。とくに子どものもやもや病で行う
- ハイフローバイパス:腕や脚の太い血管を移植し、多くの血液を送る。複雑な動脈瘤などで使う
このように、病気や患者さんの状態に合わせて、最適なつなぎ方を選びます。
髪の毛より細い血管を、縫い合わせる
では、バイパス手術の核心はどこにあるのでしょうか。それは、血管どうしを縫い合わせる「吻合(ふんごう)」という操作です。つなぐ血管は、1ミリ前後であることがほとんど。そして、それを髪の毛よりも細い糸で、一針ずつ縫っていきます。
もちろん、肉眼ではできません。手術用顕微鏡の下で、ミリ以下の世界に集中して行います。つなぎ終わったら、本当に血液が流れているかをICG蛍光血管撮影などで確認します。こうして新しい道に血液が流れ出せば、手術は成功です。
指先のミリに、すべてを込める
バイパス手術の吻合は、脳神経外科のなかでも、とりわけ繊細な技術を求められます。たとえば0.5ミリの血管を縫う約20分間は、私はほとんど息を止めるように集中します。指先のわずかなぶれが、結果を左右するからです。
つないだ血管に、すっと血液が流れ出す。あの瞬間のために、私たちは何年もかけて、この指先を磨いてきたんです。
私がバイパスを大切にしているのは、それが「ほかの方法では救えない脳を救う、切り札」だからです。クリッピングだけでは足りない複雑な動脈瘤。血管内治療では近づけない領域。そうした難しい場面での持ち札になるのが、バイパスという開頭手術の引き出しです。
血管の中から治すか、外から作り直すか。私はクリッピングやバイパス等の開頭手術と、コイル塞栓術等の血管内治療を、同じ一人の術者の仕事として続けてきました。難しい症例ほど、この「どちらもできる」が効いてきます。
よくある質問
バイパス手術は、もやもや病の治療なのですか?
もやもや病は代表的な対象ですが、それだけではありません。血管の狭窄・閉塞や、複雑な脳動脈瘤の治療でも行われます。
バイパス手術のあと、入院は長くなりますか?
開頭手術のため、コイル塞栓術等の血管内治療よりは入院期間が長めになる傾向があります。状態によって異なるため、主治医にご確認ください。
つないだ血管は、ずっと流れ続けるのですか?
多くは長く機能し続けます。ただし定期的な画像検査で、血流が保たれているかを確認していきます。
おわりに
脳のバイパス手術とは、血流の足りなくなった脳に、新しい血液の通り道を作る手術です。髪の毛より細い血管を縫い合わせる、繊細な開頭手術です。ほかの方法では救えない脳を救う「切り札」として、今も大切な役割を担っています。
「脳の血管が細いと言われた」「もやもや病かもしれない」——不安なまま検索を続けるより、一度、専門医に直接聞いてみてください。あなたの血管の場合はどうなのかを、順を追ってご説明します。
関連する治療・道具については、「脳神経外科の道具箱」の関連記事(クリップ・手術顕微鏡とは)でも解説しています。トラッピング・ICG蛍光血管撮影などについては、今後の記事でくわしく取り上げる予定です。
参考リンク:日本脳神経外科学会 / もやもや病(Wikipedia)
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