信頼できる脳神経外科医が後輩に手術を任せる時の判断を思わせる、机に並ぶベテランと若手の手術用グローブ

「危ないことを、しない」という基準

信頼できる脳神経外科医をどう見分けるか。この記事では、開頭手術を約2,500件超、コイル塞栓術やフローダイバーターによる脳血管内治療を約1,500件超経験してきた脳神経外科医として、私が後輩に手術を任せる時の、たったひとつの判断基準について書いてみたい。

手術の途中で、私が器械を置いて、一歩下がる時間がある。若い後輩の手に、執刀の一部を預けている時間だ。

外来で、こんなことを聞かれることがある。

「先生、手術は本当に、先生がしてくださるんですか?」

医療の現場では、患者さんを担当する執刀医が、ご本人やご家族の予想と違うことが、まれにある。あるいは、執刀医のもとで、若い医師が一部の操作を学ぶために手を入れることもある。

患者さんから見れば、「自分の手術を、本当に信頼できる人がしているのか」は、当然の疑問だ。

私は、何千件もの手術を経験する中で、ある段階から、自分一人で全てをするのではなく、若い後輩医師に少しずつ任せる場面が増えてきた。

そして、その「任せる」判断の中で、私は、たったひとつの基準を持っている。

後輩に手術を任せる、ある瞬間

手術中、ある段階で、「ここから先は、彼に任せてみよう」と判断する瞬間がある。

たとえば、皮膚切開や閉創。動脈瘤に到達するまでの一部の剥離。あるいは、ある操作の一部分。

私は手術室全体を見ている。彼の手元、彼の判断、彼の動き。そして、ふっと、「うん、ここは大丈夫だ」と判断する。

ベテランの私から見れば、彼の手元の動きには、まだぎこちなさが残っている。けれど、そのぎこちなさを無理に乗り越えようとしていない。一回一回、確認しながら進んでいる。そういう動きを、私は信頼する。

逆に、「いや、これはまだ早い」と思って、私が代わる時もある。

その判断は、何を基準にしているか。

技術ではない。判断のスピードでもない。

私が見ているのは、もっと別のことだ。

技術ではない、その先にあるもの

これまで何人もの若い脳神経外科医を見てきて、思うことがある。

技術というのは、不思議なくらい、伸びる。最初は不器用だった人が、3年、5年、10年と経つうちに、本当に上手くなる。

だから、「いま技術が高いか」は、私の中では、後輩に任せる基準として、それほど重要ではない。

人柄も、もちろん大事だ。患者さんに優しい、チームメンバーを尊重する、勉強熱心。これらは、医師として必須の素養だ。その点、私の周りの若い後輩たちを思い浮かべると、答えはすぐに出る。人柄は、みんな間違いなく、いいやつしかおらん。ありがたい話だ。

けれど、私が手術を任せる時に最終的に見ているのは、技術でも人柄でもなく——「この人は、危ないことを、しない人だろうか」、ということだ。

これは、たくさんの若手と手術室に立つうちに固まってきた、たったひとつの判断軸だ。誰に教わったわけでもない。何千件もの手術と、いくつもの危うい場面を経て、最終的にここに辿り着いた。

ここで言う「危ないこと」とは、たとえば、こういうことだ。

自分の限界を超えた操作を、無理にしようとする。困った時に、上司を呼ばずに自己流で進めようとする。「これくらい大丈夫だろう」と、根拠なく続ける。

こうした「危ないこと」を、自分の中で本能的に避けられる人。

そういう人なら、何かトラブルが起きそうな時、必ず一歩引ける。私にバトンタッチできる。あるいは、撤退を選べる。

技術が伸びる前に、まずこの「やらない判断」が、迷いなくできるかどうか。それが、私の中での、いちばん大事な指標だ。

「危ないことを、しない」が言える理由

なぜ、私はこの基準を持つようになったか。

正直に書くと、自分自身が、若い頃に「危ないこと」をしようとした経験が、何度もあるからだ。

「これくらい行けるはず」「上司を呼ぶほどではない」「ここで止まったら、自分の腕がないと思われる」。

そういう、誤った自尊心が、私を一歩前に出させそうになった瞬間が、何度もあった。

いまでも覚えている場面がある。顕微鏡の中で、あと少しだけ行けるはずだ、と思った。器械を持つ手に、すっと力が入りかける。手術室は静かで、誰も止めない。その静けさが、むしろ背中を押してくる。

幸運だったのは、そういう瞬間に、私の上司の声が、頭の中で聞こえたことだ。

「立ち止まれ、お前。それは、お前が決めることじゃない」

手が、止まった。

その声に救われて、私は、「危ないこと」をしないで済んだ場面が、何度もある。

だから今、私が後輩に任せる時に見ているのは、その後輩の中に、自分自身の若い頃の姿が映っていないか、ということでもある。

「立ち止まれる人」だけに、私は任せる。

そして、自分自身も、いまだに「ちゃんと立ち止まれているか」を毎日問うている。年齢を重ねると、若い頃に持っていた「立ち止まる感覚」が、ふっと鈍くなる瞬間があるからだ。それも、危ない兆候のひとつだと、私は思っている。

技術は、後から、いくらでも伸びる。けれど「立ち止まれる」かどうかは、その人の性質に近いものだ。

「絶対大丈夫」と言わない医師

最後に、患者さんに、ひとつのお話をしたい。

主治医の先生を選ぶとき、技術力や経歴を見るのは、もちろん大事だ。それは、誰でもそうだろう。

けれど、もう一つだけ、見ていただきたい指標がある。

「この先生は、自分の限界を、ちゃんと認められる先生か」

それを見るための、簡単な質問がある。

「先生、これって、絶対大丈夫ですか?」

これに対して、「もちろん、絶対大丈夫です」と即答する医師のほうが、私は少し気になる。

逆に、「いえ、医療には絶対はありません。ただ、私はこういう理由で、これが最善だと判断しています」と答える医師は、おそらく、信頼できる脳神経外科医のひとりだと思う。

「絶対」を口にしない、慎重さ。そして、自分の判断の理由を、言葉にして説明できる誠実さ。

その2つを持っている医師に、私は安心して、自分の家族の手術を任せたい。

セカンドオピニオンを検討する時にも、この見方は役に立つ。

信頼できる脳神経外科医は、別の先生のセカンドオピニオンを求めることを、嫌がらない。むしろ、患者さんのために「他の意見も聞いてみてください」と勧めることが、ある。それも、自分の判断を絶対視しない、慎重さのひとつの表れだと思う。

そして私も、外来の椅子で、患者さんから、そうやって見られているはずだ。見られていて、いい。その視線が、医師を誠実にする。信頼できる脳神経外科医のひとりであり続けたい——その目標だけは、研修医の頃から変わっていない。

参考リンク:脳動脈瘤(Wikipedia)日本脳神経外科学会

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脳神経外科医 井上靖章

井上靖章(いのうえ やすあき)

脳神経外科医・医学博士。日本脳神経外科学会専門医・指導医、日本脳神経血管内治療学会専門医、日本脳卒中学会専門医。京都大学医学部卒業。米国メイヨークリニックでの研究研修、ハーバード大学医学部ブリガム&ウィメンズ病院フェローを経て、湖東記念病院 脳神経外科部長。開頭手術と脳血管内治療の両方を自分の手で行う「二刀流」の脳神経外科医。治療方針は、開頭手術・脳血管内治療・経過観察のすべてを並べて示すことを原則としている。

プロフィール・実績の詳細 / 「手術室より」の記事一覧 / X(@yasuaki_neuro)

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