くも膜下出血の治療の決断を待つ場面を象徴する、夜の病院の静かな廊下と待合の椅子

くも膜下出血、コイルか開頭か| 分岐点

くも膜下出血の治療は、コイルか、開頭クリッピングか——破裂したばかりの脳動脈瘤を前に、どう決まるのか。ご家族が知っておきたい、その判断の道すじを、私がお伝えします。

※この記事の患者さんは実在の方ではありません。治療方針がどう決まるかをお伝えするために組み立てた、典型的なケースです。

説明を待つ、その数十分

集中治療室の前の廊下で、説明を待つ時間があります。ついさっきまで、ふつうに話していた人。それが今、モニターにつながれ、眠っている。医師が来て、脳の血管の一か所を指し、「ここが破れました。もう一度破れる前に、ふさぐ治療が要ります」と言う。コイルという言葉と、開頭という言葉が出てくる。どちらがいいのか、と聞かれても——。ご家族にとって、これほど重い数十分は、そうありません。

くも膜下出血は、脳の表面を走る血管にできたこぶ(脳動脈瘤)が破れ、脳を包む膜の内側に出血する病気です。今日は、その破裂したばかりのこぶを、コイルでふさぐのか、開頭してクリッピングでふさぐのか——限られた時間の中で、私が何を見て決めているのかを、となりで決断を待つご家族に向けて、お話しします。

倒れて、運ばれてきた

典型的な一例を、ご家族の目線で組み立ててみます。

50代の女性です。夕方、台所で「頭が、割れそうに痛い」と言って、そのまま崩れるように倒れた。ご主人が救急車を呼び、病院に着いたときには、意識がもうろうとしていました。CTを撮ると、脳の底のあたりに、出血が白く広がっている。くも膜下出血です。血管を詳しく調べると、前交通動脈(左右の脳をつなぐ、脳の真ん中あたりの血管)に、破れたこぶが見つかりました。

破裂したこぶで、いちばん恐ろしいのは、もう一度破れること(再破裂)です。最初の出血を乗り越えても、数時間から数日のあいだに再び破れると、命に関わる危険が跳ね上がる。だから、破裂したこぶの治療は、時間との戦いになります。ご主人が待合室で「早く、何とかなりませんか」と言われたのは、当然のことでした。

破れたこぶを、ふさぐ二つの方法

破裂した脳動脈瘤を、もう一度破れないようにふさぐ。その方法は、大きく二つあります。どちらも、再破裂を防ぐという目的は同じです。

  • 開頭クリッピング:頭を開け、こぶの根元を金属のクリップで挟み、血流を止める。直接見て、確実にふさげる
  • コイル塞栓術等の脳血管内治療:足の付け根から細い管(カテーテル)を通し、こぶの中を内側からコイルで詰める。頭を切らずにすむ

ここに、状況しだいで、もう一つの考え方が加わります。出血がごく重症で、全身の状態が治療に耐えられないときは、まず全身を守ることを優先し、状態が整うのを待つ判断もあります。「ただ急いでふさぐ」のではなく、その人に最も合うふさぎ方を、急ぎながら選ぶ。これが、破裂したこぶの治療の本質です。

コイルと開頭、それぞれの向き不向き

では、コイルと開頭クリッピングは、どう選び分けるのか。順位はなく、こぶの形・場所と、そのときの状態で、向き不向きが変わります。

まず、コイル塞栓術等です。頭を切らずにすむため、体への負担が比較的軽いのが利点です。破裂したこぶの治療では、条件が合えば、コイルのほうが治療後の回復がよい傾向が、大規模な研究(ISAT)で示されました。一方で、コイルは時間が経つと、まれに一部が固まりきらず、再発することがあり、その点は開頭より少しだけ多いとされます。

次に、開頭クリッピングです。こぶの根元を直接挟むため、いちど確実にかかれば、ふさいだ状態が長く保たれやすいのが利点です。とくに、こぶが破れて脳の中に血のかたまり(血腫)ができている場合は、開頭でその血腫を取り除きながら、同時にクリップをかけられる。血腫が脳を圧迫して危ないときには、この「一度に両方できる」ことが、大きな意味を持ちます。ただし、頭を開ける分、体への負担はコイルより大きくなります。こうした治療の詳しい説明は、国立循環器病研究センターの解説も参考になります。

急ぐ中でも、選んでいる

この方の場合も、まず頭を占めたのは「いかに早く、再破裂を止めるか」でした。くも膜下出血の治療は、この一点から始まります。時間は、確かに敵です。けれど、時間に追われながらも、私の目はこぶの形と、血腫の有無を、同時に確かめていました。「急ぐ」ことと「選ぶ」ことは、両立させなければならないからです。

この方のこぶは、コイルを詰めるのに向いた形をしていました。そして、脳を圧迫するような大きな血腫は、さいわい、ありませんでした。もし、こぶの形がコイルに不利だったら。あるいは、脳を押しつぶすほどの血腫があったら——私は迷わず、開頭クリッピングを選んだと思います。血腫を取り除きながら根元を挟める。同じ「破れたこぶ」でも、形と血腫のありようで、行く道は変わります。

年齢と、これからの暮らし

もう一つ、急ぎながらも手放さずにいたことがあります。この方の、病院の外の時間です。倒れたのは、夕食の支度の途中でした。あの台所に、もう一度立てるかどうか——そこまで含めての治療です。年齢や全身の状態、こぶの場所を重ね合わせて、いちばん負担が少なく、いちばん確実にふさげる道はどれか。緊急の中でも、そこは削らずに考えます。だからこそ、この方にはコイルを、と判断しました。ただ急いだのではなく、急ぐ中で、選んだのです。

限られた時間の中で、家族と選ぶ

くも膜下出血の治療に、誰にでも当てはまる、たった一つの正解はありません。コイルが向く方、開頭クリッピングが向く方、まず全身を守る方——こぶの形と、血腫と、体の状態で、答えは変わります。緊急の場では、ゆっくり考える時間がないことも多い。それでも私は、なぜその治療を選ぶのかを、できるかぎりの言葉で、ご家族に説明します。決めるのは医師ですが、その決断を、ご家族に納得して見守っていただくことが、大切だと思うからです。

急場を越えたあと、治療やこれから先のことを、別の医師にも聞いてみたくなったら、セカンドオピニオンという道もあります。そして、もし、ご家族やあなた自身が、これまで経験したことのない激しい頭痛に襲われたら。ためらわず、すぐに救急車を呼んでください。くも膜下出血は、最初の一手が、その後を大きく左右します。脳卒中の見分け方や初期対応は、日本脳卒中学会の情報も参考になります。あの廊下で決断を待つ時間が、一秒でも軽くなるように。私たちは、そのために手を尽くします。

よくある質問

コイルと開頭クリッピング、どちらが優れているのですか?

どちらが上ということはなく、こぶの形・場所や、脳の中に血のかたまり(血腫)があるかどうか、全身の状態で選び分けます。破裂したこぶでは、条件が合えばコイルのほうが回復がよい傾向が研究で示されていますが、血腫を伴う場合や形が不利な場合は開頭クリッピングが適します。ご家族の場合の判断は、担当の医師にご確認ください。

治療するかどうか、家族がすぐに決めないといけませんか?

破裂したこぶは再破裂を防ぐことが急がれるため、比較的早い判断が必要になることが多いです。ただし、医師は必ず、なぜその治療を勧めるのかを説明します。分からないことは遠慮なく質問してください。ご家族には「決める」というより、「なぜその治療なのかを理解して見守る」お気持ちで臨んでいただければと思います。

くも膜下出血は、どんな症状で気づけますか?

最も特徴的なのは、「バットで殴られたような」「経験したことのない」突然の激しい頭痛です。吐き気や意識の低下を伴うこともあります。少しでも疑わしいときは、様子を見ずにすぐ救急車を呼んでください。早く専門の治療につながることが、その後を大きく左右します。

脳動脈瘤・脳神経外科のご相談を、迷っている方へ

「自分の脳動脈瘤、手術すべきか迷っている」
「セカンドオピニオンを聞きたい」——そんな方へ。
私が直接、お話を伺います。(相談・セカンドオピニオンの流れはこちら

ご相談・お問い合わせはこちら

開頭手術と血管内治療の両方を駆使する脳神経外科医 井上靖章

井上靖章(いのうえ やすあき)

脳神経外科医・医学博士。日本脳神経外科学会専門医・指導医、日本脳神経血管内治療学会専門医、日本脳卒中学会専門医。京都大学医学部卒業。米国メイヨークリニックでの研究研修、ハーバード大学医学部ブリガム&ウィメンズ病院フェローを経て、湖東記念病院 脳神経外科部長。開頭手術と脳血管内治療の両方を自分の手で行う「二刀流」の脳神経外科医。治療方針は、開頭手術・脳血管内治療・経過観察のすべてを並べて示すことを原則としている。

プロフィール・実績の詳細 / 「分岐点」の記事一覧 / X(@yasuaki_neuro)

← 前の記事 金槌しか持たない医師には
次の記事 → 家族と過ごす時間が、教えてくれたこと
手術のご相談はこちら