脳神経外科の現場で、なぜベテラン医師が若い後輩に学ぶのか。この記事では、未破裂脳動脈瘤に対する開頭手術(クリッピング・バイパス・トラッピング等)から脳血管内治療(コイル塞栓術・フローダイバーター・WEB等)まで得意とする脳神経外科医として、私が後輩に素直に聞く理由と、医師の学びについて、書いてみたい。
これは、経験年数の長い医師ほど、ブログには書きづらい話かもしれない。
私は、外来やカンファレンスで、自分より学年が下の医師に、「これって、なんで?」と素直に聞くことがある。
それも、専攻医や、専門医認定取得後数年目の先生に、だ。
最初は、彼らも戸惑った顔をする。「先生に、私が説明するんですか?」と。
けれど、私はわりと真剣に聞いている。なぜなら——脳神経外科の専門医として長年やってきた私より、医師国家試験や専門医試験を最近受けた彼らの方が、いまの正しい知識を、よほど正確に覚えているからだ。
これは、医師という仕事の本質に関わる話だと、最近よく思うようになった。年齢や年次を理由に学ぶのをやめた瞬間、私たちは、患者さんから少しずつ離れていく。
「学年下の先生の方が、知っている」
脳神経外科の知識は、年々アップデートされていく。10年前に正しくみえたガイドラインが、今は変わっていることはざらにある。新しい論文、新しい大規模試験、新しい薬剤、新しい器具。それらを、現役で勉強し続けないと、知識は静かに古びていく。
脳神経外科の専門医試験は、卒後7年前後で受ける、知識の総決算のような試験だ。最新のガイドラインも、過去の重要な大規模試験も、頭の中に全部入っている状態で臨む。
つまり、その試験から日が浅い先生は、純粋な「知識量」で、私のようなベテランを上回っていることが多い。
私自身、いま、何が正確に変わっているか、すべてを把握しているわけではない。現役で専門医試験を勉強している若い先生に、知識の鮮度では負けている部分が、いくつもある。
これは、悔しい事実だが、事実だ。
「ベテラン医師」と「最新知識」は、必ずしも一致しない。
もちろん、最新の論文がいつも正しいとは限らない。5年経って覆ることもある。だから、新しい知識を機械的に取り入れるのも、正解ではない。けれど、新しい知識の存在を「知らない」のと、知ったうえで「採用しない」のは、まったく別のことだ。前者はただの怠惰で、後者は意識的な判断だ。
年齢を重ねた医師の強みは、「総合的な判断力」や「症例の蓄積」にある。けれど、それは「いつの時点での知識の蓄積か」を問うべきものでもある。
私が、若い後輩に聞くのは、その「いつの時点」を、いつもアップデートし続けたいからだ。
「これってなんで?」と聞ける勇気
正直に書くと、経験年数の長い医師が、後輩に「これってなんで?」と聞くのは、少しだけ勇気がいる。
「そんなことも知らないのか」と思われるかもしれない、という小さな恐れがある。プライドも、ないわけではない。
けれど、それを乗り越えて聞いた方が、結果として患者さんのためになる。
先日も、卒後数年の先生に、「先生、この薬の処方方法、最近こうじゃないんでしたっけ?」と逆に教えていただいた。私は「あ、変わったの?」と返した。彼は申し訳なさそうに、「去年から、こうなっています」と。私は「ありがとう、知らなかった」と答えた。
その3分間の会話を、患者さんは見ていない。けれど、その3分間が、次の外来での処方を、わずかに正しい方向に動かす。
脳神経外科の専門医として、これをやらないのは怠慢だと、私は思っている。
私は、ベテランがプライドのために学ばなくなる瞬間を、これまでに何度か目撃してきた。「自分はもう知っている」「いまさら若手に聞けない」という姿勢が、医療を、少しずつ硬直させていく。
その硬直は、必ず、患者さんに届く。
学びを止めた日が、いちばん怖い
医師にとって、いちばん怖いのは、間違えることではない。
人は間違える。それはゼロにはならない。本当に怖いのは、間違いに気づけなくなることだ。
そして、間違いに気づけなくなるのは、ある日、こっそりと「学びを止めた日」から始まる。
「自分の知識は十分」「もう新しいことを学ばなくていい」と思った瞬間に、医師は、患者さんから少しずつ離れていく。
私は、そのことを、自分自身に対していつも警戒している。
意識的に、若い後輩や、別の分野の専門家、研修医の質問にも、丁寧に耳を傾けようとしている。彼らの「素朴な質問」が、私の「思考の癖」を可視化してくれることがある。
「先生、これって本当にこの方法じゃないとダメなんですか?」
そう聞かれた時に、私が答えに詰まる瞬間がある。それは、私が惰性で同じ方法を選び続けていた、ということだ。
そう気づかせてくれるのが、若い先生たちだ。だから、私は彼らを煙たがらない。むしろ、感謝している。
脳神経外科の専門医として何年やっていても、彼らの素朴な質問は、私の中で機械的になっていた判断を、もう一度ほぐしてくれる。先輩・後輩という枠は、医療の中では、年齢の話ではなく、立場の話に近い。経験では先輩、知識では後輩、ということは、よくある。お互いに教え合えるチームが、いちばん患者さんに優しい医療を作れる。
いまも学び続けているか
医師選びで、患者さんに知っておいていただきたいことがある。
ベテラン医師が必ずしも「いまの正しい知識」を持っているとは限らない。むしろ、いま現役で勉強している若い医師の方が、最新の知識を持っていることが、しばしばある。
では、何で医師の信頼度を測るか——それは、「いまも学び続けているか」だと、私は思う。
外来でお話を聞いていて、「これは新しいことなので、私も最近勉強し直したんですが」と素直に言える医師は、たぶん、信頼に値する。
あるいは、「迷っています」「相談させてください」「少し持ち帰らせてください」と素直に言える医師も、同じだ。即答ばかりする医師は、もしかしたら、立ち止まって考えていないだけかもしれない。
逆に、「いえ、これはこれで間違いありませんから」と古い知識のまま止まっている医師は、少しだけ注意が必要かもしれない。
私自身、年齢を重ねるほど、若い後輩に「教えてくれない?」と聞く回数を、意識的に増やしている。
脳神経外科の専門医として、それが、私にできる、患者さんへの一番の責任の取り方だと、いまは思っている。
参考リンク:日本脳神経外科学会 / 日本脳神経血管内治療学会
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