この記事の目次
※この記事の患者さんは実在の方ではありません。治療方針がどう決まるかをお伝えするために組み立てた、典型的なケースです。
若いから、早いほうがいい?
若くして脳動脈瘤が見つかると、多くの方の頭に、まず一つの理屈が浮かびます。これから長い人生が続く。だったら、こぶを抱えたまま何十年も過ごすより、早く始末をつけてしまいたい——。診察室でも、「若いんですから、早く治したほうがいいですよね」と、よく尋ねられます。
この気持ちは、まっとうです。実際、若いということは、破裂のリスクを長く背負う、ということでもある。けれど、「若いから、すぐ治療」と、そう単純に割り切れないのが、この分かれ道の難しいところです。
今日は、若い世代に見つかった脳動脈瘤を前に、私が「時間」というものをどう考えているのかを、お話しします。急かすためではなく、落ち着いて考えていただくために。
三十代で、こぶが見つかった
典型的な例として、こんな方がいます。
30代後半の女性です。頭痛が続いて念のため受けたMRIで、偶然、未破裂の脳動脈瘤が見つかりました。場所は内頚動脈のあたり、大きさは5mmほど。形は、比較的おだやかでした。症状は、何もありません。頭痛は、こぶとは関係のない、よくあるタイプのものでした。
この方を揺さぶったのは、大きさよりも、「若さ」でした。周りに、同じ経験をした人がいない。まだ小さな子どももいる。診察室で、こう言われました。「私、あと何十年も、これを持って生きるんでしょうか」。
その一言は、私の胸にも残りました。60代の方に同じこぶが見つかったときと、私の考えることは、少し違ってくる。若い、ということが、判断の真ん中に座ってくるのです。
若い世代の、三つの道
年齢にかかわらず、脳動脈瘤が見つかったときの選択肢は、大きく三つ。
- 経過観察:治療せず、定期的に画像でこぶの大きさや形を見守る。血圧を管理し、たばこを控える
- 開頭手術(クリッピングやバイパス・トラッピング等):頭を開けて、こぶの根元をクリップで挟み、こぶへ入る血流を止める
- 脳血管内治療(コイル塞栓術・フローダイバーター等):足の付け根からカテーテルを通し、こぶの中を詰める、あるいは血流を変える
若い世代でも、選択肢そのものは変わりません。ただ、それぞれの意味の「重さ」が、年齢によって変わってきます。
若い脳動脈瘤の治療、利点と欠点
若いからといって、治療が一択になるわけではありません。それぞれの道に、若さゆえの意味の変わり方があります。
まず、経過観察。利点は、体に何の侵襲も加えないことです。欠点は、待つあいだ、破裂の可能性がゼロにはならないこと。そして、若い方はその「わずかな可能性」を、何十年も積み重ねていくことになります。未破裂脳動脈瘤の基本的な考え方は、日本脳神経外科学会の情報も参考になります。
次に、治療(手術)。利点は、破裂の不安に、先回りして手を打てることです。うまくいけば、こぶという心配事を、人生の早い時期に片づけられる。一方で、治療には、それ自体のリスクがあります。そして若い方には、もう一つ、独特の宿題が残ります。
五ミリの数字より、四十年の時間
5mm。この数字を、私はすぐには口にしませんでした。こぶの大きさや形より先に、頭に浮かんでいたのは、この方がこれから歩いていく、四十年、五十年という長い時間のほうだったからです。
UCAS Japanでは、脳動脈瘤が破れる確率は、研究全体の平均で年におよそ1%でした。ただ、これは大きさや場所、形の違う多くのこぶを平均した数字で、この方のこぶが毎年1%の確率で破れる、という意味ではありません。それでも、若い方には、こぶと付き合う時間が長いという事実が残ります。一年ごとの数字は小さくても、その一年が、四十回、五十回と続いていく。「今年のリスク」だけでは、一生の見通しは立ちません。
ここまでなら、「では早く治療を」となりそうです。ところが、若さは、逆向きの宿題も連れてくる。
デバイスと、一生付き合うということ
治療に使うクリップやコイル、フローダイバーターといった道具は、精巧で、頼りになります。けれど、これらが体の中で何十年ももった先の、超長期の成績は、まだ十分には分かっていません。医療の歴史より長く生きるのが、若い患者さんだからです。60代で治療するのと、30代で治療するのとでは、そのデバイスと付き合う年数が、二回りも違う。私は、再発や、やり直しの可能性まで含めて、一生の長さで治療を考えます。ここが、私が最も慎重になるところです。
急がない、という判断
では、この方に、私はどう考えたか。最後まで量りかねていたのは、二つの重みでした。長い時間が生む、累積の破裂リスク。そして、長い時間が突きつける、デバイスの不確かさ。どちらも「若さ」から来ていて、しかも、逆を向いている。
だから私は、「若いから、今すぐ」とは言いませんでした。かといって「若いから、ずっと様子見で」とも言い切らない。こぶの大きさ、形、場所を丁寧に見て、破れやすいサインが乏しく、急ぐ理由が薄いのなら——まず、時間を味方につける。定期的に画像で見守りながら、この方が、これからの人生をどう歩みたいかを、一緒に考えていく。
開頭手術も血管内治療も自分の手で行う術者として、「早く治療して安心を」とも「若いから触らない」とも、どちらにも寄せずに、この方の時間軸そのものを真ん中に置いて考えられる。仕事のこと、これから家族が増えるかもしれないこと——そうした人生設計は、こぶの直径には書いてありません。
これから、が変わったときは
もちろん、今の判断で一生が決まるわけではありません。こぶが少しでも大きくなったり、形が変わったりすれば、迷わず治療へ舵を切ります。あるいは、ご本人の暮らしや希望が変われば、それも判断を動かす。妊娠や出産といった、これからの節目が見えてきたときには、その都度、いちばん良いタイミングを一緒に測り直せばいい。若いということは、選び直せる時間が、たっぷり残っているということでもあるのです。
時間は、あなたの味方にもなる
若い世代に脳動脈瘤が見つかると、「早く治さなければ」と気が急くのは、当然のことです。けれど、若さは、リスクを長くするだけではありません。落ち着いて考え、選び直せる時間を、たっぷりくれる側面もある。急いで結論を出す前に、治療を勧める理由、経過観察を選べる理由を、確かめてほしいのです。
「若いんだから早く」と言われて不安になったら、その理由を、主治医に何度でも聞いてください。逆に「小さいから大丈夫」で心が晴れないなら、それも伝えていい。別の医師の意見を聞くセカンドオピニオンも、あなたの時間の使い方のひとつです。急ぐ理由が乏しいこぶなら、考える時間は、ちゃんとあります。その時間を、焦りに使うのか、じっくり選び直すために使うのか。決めるのは、こぶではなく、あなたです。
よくある質問
若いのに脳動脈瘤が見つかりました。すぐ手術したほうがいいですか?
若いから必ずすぐ手術、とは限りません。こぶが小さく、形もおだやかで、破れやすいサインが乏しければ、まず経過観察を選ぶこともあります。一方で、若い方は破裂のリスクを長く背負うため、大きさや形によっては治療を勧めることもあります。ご自身の場合は、こぶの状態と人生設計を合わせて主治医にご相談ください。
若い世代の脳動脈瘤は、破れやすいのですか?
年齢そのものより、こぶの大きさ・場所・形が破れやすさに関わります。ただし若い方は、たとえ年ごとの破裂率が低くても、それを何十年も積み重ねるため、生涯の累積リスクは高くなりやすいと考えられます。一年の数字と、一生の見通し。その両方が判断に必要です。
治療した器具は、一生もちますか?将来また治療が必要になりますか?
クリップやコイル、フローダイバーターは信頼できる道具ですが、若い方が何十年も付き合った先の超長期の成績は、まだ十分には分かっていません。再発や追加の治療が必要になる可能性も含めて、長い目で考える必要があります。そのため、治療後も定期的な検査が欠かせません。迷うときはセカンドオピニオンという道もあります。
