脳動脈瘤を治療しないという判断を一緒に選ぶことを象徴する、夜明けの窓辺で向かい合う二つの椅子

脳動脈瘤を治療しないという判断| 分岐点

脳動脈瘤を治療しないという判断は、何もしないことではありません。「経過観察と言われたが、放っておかれているようで不安」——そう感じる方へ。私が、「待つ」をどう一緒に選んでいくかをお話しします。

※この記事の患者さんは実在の方ではありません。治療方針がどう決まるかをお伝えするために組み立てた、典型的なケースです。

「様子を見ましょう」が、こわかった

安心させるための言葉が、ときに、その人を独りにする。診察室で、私はそのことを何度も教わってきました。

「様子を見ましょう」。脳動脈瘤が見つかった方に、私たちはよくそう言います。多くの場合、それは正しい。けれど、言われた側にとって、その一言は、まったく違って響くことがあります。「何もしてもらえないのか」。「放っておかれて、もし破れたら」。安心のはずの言葉が、夜眠れない理由に変わってしまう。

脳動脈瘤を治療しないという判断は、見放すことではありません。今日は、「治療しない」が、どうしてひとつの決断なのか。そして、それを患者さんとどう一緒に選んでいくのかを、お話しします。このシリーズで、私がいちばん伝えたい話かもしれません。

放っておかれている、という不安

思い浮かべるのは、これも典型的なひとりの方です。

60代後半の女性です。健診で、小さな未破裂脳動脈瘤が見つかりました。いくつかの病院で、いずれも「経過観察でいいでしょう」と言われています。医学的には、その通りです。小さく、形も穏やかで、治療をすれば、かえってそのリスクのほうが上回りかねない。数字は、はっきりと「待つ」を支持していました。

それでも、この方は眠れなくなっていました。「何もしないなんて。放っておかれているようで、こわいんです」。ご家族は「念のため、手術してもらった方が」と言う。本人は、どうしたいのか、自分でも分からなくなっている。そうして、私のところへセカンドオピニオンに来られました。

医学的な答えは、もう出ていました。だからこの方に必要だったのは、新しい診断ではありません。「待つ」を、自分の選択として、安心して引き受けること。それだけでした。

治療するか、しないか

脳動脈瘤が見つかったとき、いちばん大きな分かれ道は、これです。治療するか、しないか。そして「しない」のなかみは、二つに分かれます。

  • 治療する:開頭手術や脳血管内治療で、破裂のリスクに先回りする。ただし、治療そのものにもリスクがある
  • 治療しない(積極的経過観察):定期的に画像で見ながら、変化があれば動く。リスクを見積もったうえで「待つ」を選ぶ

大切なのは、「治療しない」は「何もしない」ではないということです。放置ではありません。選択です。実際、未破裂脳動脈瘤が見つかった方の多くは、経過観察を選びます。ある報告では、三人に二人が「待つ」を選んでいます。

脳動脈瘤を治療しないという選択、その中身

脳動脈瘤を治療しないという選択は、具体的には何をするのか。その中身を、開いてみます。

まず、待つことには、ちゃんと中身があります。具体的には、半年から1年ごとに、画像でこぶの大きさや形を確かめる。変わらなければ、そのまま見守る。もし大きくなったり、形が変わったりすれば、そのときに治療を考え直す。あわせて、血圧を管理し、たばこをやめる。「待つ」とは、見続けることです。何かが変わった瞬間に動けるよう、目を離さずにいることです。

次に、忘れてはいけないのは、治療する側にもリスクがあるということです。たとえば開頭手術でも血管内治療でも、ごくわずかとはいえ、合併症の可能性はゼロではありません。リスクのまったくない治療は、ありません。だからこそ、小さく穏やかなこぶでは、「治療で起こりうること」より「待つこと」のほうが、その人を守ることがあります。こうした考え方は、UCAS Japan日本脳卒中学会の情報も参考になります。

そして、待つことは、逃げではありません。リスクを見積もり、引き受けたうえでの、ひとつの能動的な決断です。

「見捨てられた」を、受け止める

「放っておかれているようで、こわいんです」。そう言われたとき、私が最初にしたのは、数字の説明ではありませんでした。ただ、その言葉を、受け止めることでした。

駆け出しのころ、私は逆のことをしていました。不安を訴える方に、すぐ「大丈夫ですよ、小さいですから」と、数字を差し出す。安心してほしくて、そうしていました。でも、あるとき気づきました。その「大丈夫」が、かえって相手を独りにしてしまうことがある、と。体に爆弾を抱えたと聞かされ、そのうえで「何もしません」と言われれば、見捨てられたと感じて当たり前です。だから今は、先に数字を出しません。まず、「不安に思うのは、おかしなことではありませんよ」。それだけを、お伝えします。

不安は、間違った情報からというより、説明の足りなさから生まれることが多い。私は、そう思っています。「経過観察」という言葉が突き放しに聞こえるのは、その中身、つまり、なぜ待つのか、待つあいだ私たちが何を見ているのかが、伝わっていないからです。だから私は、結論を急ぎません。その方が「見捨てられたのではない」と感じられるところから、もう一度、始めます。

決めるのは、いつも一緒に

では、私はこの方と、どうやって「待つ」にたどり着いたのか。

いちばん大切にしたのは、私が決めて、従ってもらうのではないということでした。こぶの大きさ、破裂する確率、治療で起こりうること、待つあいだに見ていく計画。それを、隠さず、ぜんぶ、机の上に並べます。そのうえで、選ぶのはご本人です。私の役目は、決めることではなく、その人が自分で選べるように、となりで一緒に考えること。「治療しない」が、私からの宣告で終わらず、その人自身の決断になる。そこまで来て、はじめて「待つ」は、安心して背負えるものになります。

私は、治療も、できます。開頭手術も、血管内治療も、自分の手で行います。だからこそ、「しない」を、「する」と対等に、同じ重さで並べられる。できないから勧めないのとは、違います。できるからこそ、しないほうがよいと考える。この違いは、口にしなくても、机の上の並べ方に、自然とにじみ出るものです。

待つことが、その人を苦しめるとき

それでも、最後まで考えることがあります。待つことそのものが、その人を苦しめてしまうときです。数字の上では、待っていい。それでも、こぶのことが頭から離れず、毎日が不安に塗りつぶされてしまうのなら——そのときは、低いリスクを引き受けても、治療でその不安から解き放つほうが、その人のためになることがある。医療は、統計のために動くのではありません。その人のためにあるからです。だから私は、「待つ」を勧めながらも、いつでも引き返せる扉を、開けたままにしておきます。

あの方が、少しだけ表情をゆるめて、「先生、もう少し、見てみます」と言われたとき。私は、自分の肩から、すっと力が抜けるのが分かりました。安心を押し売りするのでも、こわがらせるのでもなく、その人が自分の足で「待つ」を選んでくれた——その手ごたえが、私には、いちばんありがたいのです。

待つことも、選ぶこと

脳動脈瘤と言われて、「治療しない」と告げられると、置き去りにされた気持ちになるかもしれません。けれど、どうか覚えておいてください。待つことも、立派にひとつの選択です。ただ何もせずにいるのとは、違います。リスクを見積もって、見守ることを選んでいる。そこには、あなたと主治医の、ちゃんとした判断があります。

もし「経過観察」という言葉が、突き放しに聞こえたなら、それは遠慮なく主治医に伝えていい。なぜ待つのか、何を見ているのか、納得いくまで聞いていい。別の医師の意見を聞くセカンドオピニオンも、同じです。治療する人も、待つ人もいて、どちらも正しい。大事なのは、その答えを、あなた自身が選んだと思えること。「治療しない」もまた、あなたの選んだ、ひとつの道なのです。

よくある質問

経過観察は、放置と同じではないのですか?

違います。経過観察は、定期的に画像でこぶの変化を見ながら、大きくなったり形が変わったりすれば治療を考える、という見守りの計画です。何もせず放っておくのではなく、「変化を捉えて、必要なら動く」ための積極的な選択です。血圧管理や禁煙も、その一部です。

治療しないで、もし破れたらと思うと不安です。

その不安は、自然なものです。小さく穏やかなこぶの多くは破れる確率が低く、待つほうが安全なことが多いのですが、不安が強く、毎日の生活がつらくなるようなら、それも含めて主治医に相談してください。不安そのものが治療を考える理由になることもあります。ご自身の場合は主治医にご確認ください。

「治療しない」と言われましたが、念のため治療してもらえませんか?

ご家族を含め、そう望まれる気持ちはよく分かります。ただし、治療にもリスクがあるため、「念のため」が常に安全とは限りません。こぶの大きさ・形・年齢・ご本人の希望を合わせて、治療と経過観察のどちらがその方に合うかを、一緒に考えることが大切です。迷うときはセカンドオピニオンという道もあります。

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開頭手術と血管内治療の両方を駆使する脳神経外科医 井上靖章

井上靖章(いのうえ やすあき)

脳神経外科医・医学博士。日本脳神経外科学会専門医・指導医、日本脳神経血管内治療学会専門医、日本脳卒中学会専門医。京都大学医学部卒業。米国メイヨークリニックでの研究研修、ハーバード大学医学部ブリガム&ウィメンズ病院フェローを経て、湖東記念病院 脳神経外科部長。開頭手術と脳血管内治療の両方を自分の手で行う「二刀流」の脳神経外科医。治療方針は、開頭手術・脳血管内治療・経過観察のすべてを並べて示すことを原則としている。

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