頚動脈が狭いと言われた。頚動脈狭窄症のステント(CAS)と、首を切る手術(内膜剥離術・CEA)、どちらがいいのか——。私が、ステントと直達手術を何で選び分けているかをお伝えします。
※この記事の患者さんは実在の方ではありません。治療方針がどう決まるかをお伝えするために組み立てた、典型的なケースです。
切らずにすむなら、と誰もが思う
できれば、切らずにすませたい。誰だって、そう思います。首の血管を切り開く手術と聞けば、なおさら。
頚動脈は、心臓から脳へ血液を送る、首の太い血管です。ここが動脈硬化で狭くなった状態が、頚動脈狭窄症。血流が足りなくなったり、狭いところにできたプラーク(粥状のかたまり)から、小さなかけらが脳へ飛んだりして、脳梗塞や、その前ぶれの一過性脳虚血発作(TIA)を起こすことがあります。
狭さが分かると、多くの方が「ステントの方が、体に優しいのでは」と考えます。今日は、頚動脈狭窄症のステントと、首を切る内膜剥離術を、私がどう選び分けているかをお話しします。「切るか、切らないか」を考える前に、まず見てほしいものがあります。
手の力が、すっと抜けた
ここでも、典型的なひとりの方を例に取ります。
70代の男性です。ある日、片方の手の力が、すっと抜けました。数分で元に戻ったので、様子を見ていましたが、念のため受診されました。調べると、症状が出た側の頚動脈が、強く狭くなっていました。一過性脳虚血発作(TIA)。脳梗塞の、警告の信号です。長く喫煙し、血圧も高めの方でした。
このように症状が出たうえでの高度な狭窄を、症候性と呼びます。そして、これは、放っておくと本格的な脳梗塞につながりやすい状態です。だからこの方には、薬だけでなく、狭くなった血管を治す「血行再建」を考える段階に来ていました。
ご本人は、こう言いました。「首を切るのは怖いです。カテーテルのステントで、なんとかなりませんか」。その気持ちは、とてもよく分かります。
薬か、ステントか、内膜剥離か
頚動脈狭窄症の治療には、大きく三つの柱があります。そして、どれを選ぶかは、症状の有無・狭さ・プラークと血管の状態で変わります。
- 内科治療(薬):抗血小板薬・コレステロールの薬・血圧管理・禁煙。すべての方の土台になる
- 頚動脈ステント留置術(CAS):足の付け根か手首からカテーテルを進め、ステントで内側から広げる血管内治療
- 内膜剥離術(CEA):首を切開して血管を開き、プラークを直接取り除く手術。長い実績がある
大切なのは、薬は土台であって、症候性の高度な狭窄では、それだけでは足りないことがあるという点です。そのため、症状が出た高度狭窄では、薬に血行再建を足すのが妥当とされています。
頚動脈狭窄症のステントと内膜剥離術、利点と欠点
頚動脈狭窄症のステント(CAS)と内膜剥離術(CEA)。結論を先に言えば、二つの有効性は中期的にはほぼ同等で、どちらが上というものではありません。
まず、ステント(CAS)です。利点は、首を切らずにすみ、体への負担が小さいこと。一方で、ステントを広げるときに、プラークのかけらが脳へ飛ぶリスクがあります。そのため、基本的にステントが向くのは、首を切る手術が難しい方、たとえば、狭い場所が高い位置にある、首の手術や放射線治療を受けたことがある、心臓の病気が重くて全身麻酔の負担が大きい、といった場合です。
次に、内膜剥離術(CEA)です。首を切る必要はありますが、プラークそのものを直接取り除けるのが強みです。また、柔らかく崩れやすいプラークや、血管の蛇行が強い場合にも行いやすく、手術に伴う脳梗塞の発症率は低いと報告されています。大規模な研究(CREST)では、70歳以上の方では、むしろ内膜剥離術の成績が良いことが示されました。以前は「高齢者に手術は不利」と思われていましたが、逆だったのです。
そして、内科治療です。これはどちらを選んでも欠かせない土台で、近年とても進歩しました。こうしたエビデンスは、日本脳卒中学会や日本脳神経外科学会の情報も参考になります。
希望ではなく、プラークを見る
「切らないステントで、なんとか」。そうおっしゃる声を聞きながら、私がモニターで見つめていたのは、その希望に応えられるか、ではありませんでした。狭くなった首の血管の、内側です。そこに張りついたプラークが、硬く落ち着いているのか、それとも柔らかく崩れそうなのか。そして、首から胸の大動脈へと下りていく血管が、まっすぐか、蛇行しているか。プラークの顔つきと、血管の通り道の形——私が最初に確かめるのは、そこです。
物差しは、体への優しさではない
選ぶ物差しは、ステントと手術の、どちらが「体に優しいか」ではありません。どちらが、この人にとって安全に行えるか。それだけです。ステントは、内側から風船で広げる、その一瞬に、プラークのかけらが脳へ飛びやすい。だから、崩れやすい柔らかいプラークが相手のときは、かえって危うくなる。逆に、病変が首の高い位置にあったり、血管が大きく曲がりくねっていたりすると、今度は首を切る手術で病変に近づくほうが難しくなる。同じ「狭窄」という一言でも、プラークと解剖が、向く治療を静かに変えていくのです。
この方のプラークは、崩れやすい性質をうかがわせるものでした。首の血管の病変は、内膜剥離術で無理なく扱える位置にある。年齢は70代。先ほどのCRESTの知見も重ねると、プラークを直接切除して取り除く内膜剥離術のほうが、この人には安全に行える——私の目には、そう映りました。症候性の頚動脈狭窄症で、ステントを望む声に、それでも私が首を縦に振らなかったのは、この一枚の画像があったからです。
どちらが、安全に行えるか
それでも内膜剥離術を勧めたのは、ご本人の希望より、プラークと解剖から見て、どちらがこの方に安全に行えるかを重く見たからです。崩れやすいプラークをステントで広げる危うさと、70代では内膜剥離術の成績が良いという事実。この二つが、首を切る手術のほうへ、そっと針を傾けました。
私は、首を切る直達手術も、カテーテルの血管内治療も、どちらも自分の手で行います。だからこそ、自分にできるほうではなく、その人に安全なほうを選べる。ここは、少しばつの悪い話も書いておきます。「メスを握れる外科医は、つい切りたくなる」と言われることがあります。私にも、その気持ちが分からないわけではありません。だからこそ、手術場に立つ前に、自分に何ができるかはいったん脇へ置く。この人にとって何が安全か、それだけを物差しにしようと、毎回、自分に言い聞かせています。両方を持っている意味は、たぶん、そこにしかありません。
ただ、これは「この方のプラークと、この血管だから」の答えです。もし病変が首の高い位置にあったり、心臓に重い持病があったりすれば、私はためらわず、ステントのほうを勧めたはずです。切るか切らないかで、治療の優劣が決まるのではない。その人の血管に、どちらが合うか——それだけのことなのです。
「切りたくない」を、どう受け止めたか
最後まで引っかかっていたのは、ご本人が、強くステントを望んでおられたことでした。「首にメスは入れたくない」。この気持ちは、決して軽いものではありません。私は、なぜ今回は内膜剥離術のほうが安全だと考えるのか、画像を並べてお見せしながら、時間をかけてお話ししました。それでも、怖さがすぐに消えるわけではない。当たり前です。だから最後は、私が決めて押しつけず、ご本人と一緒に決めました。納得のないまま、その首にメスを入れることだけは、どうしてもしたくなかったのです。
「切る/切らない」の前に
頚動脈狭窄症で迷うとき、頭のなかは、つい「切るか、切らないか」で埋まってしまいます。けれど、本当に大事なのは、その手前にあります。あなたの首の血管にとって、どちらが安全か。ステントが向く方も、内膜剥離術が向く方もいて、そこに優劣はありません。そして、どちらを選んでも、薬と禁煙という土台だけは、変わらず続いていきます。
もし症状がなく、検査でたまたま見つかった狭窄なら、また判断は変わってきます(その話は、別の回でくわしくお伝えします)。病院によって「ステント」「手術」と意見が分かれたなら、それは、いいかげんだからというより、そこがグレーな領域だからです。別の医師の目で確かめるセカンドオピニオンも、ためらわなくていい選択です。首を切るかどうかより先に、その一本の血管を、これからどう長持ちさせるか。話は、いつもそこから始めればいい。
よくある質問
ステントと手術、どちらが安全ですか?
一概には決まりません。二つの有効性は中期的にはほぼ同等で、プラークの性状・血管の形・年齢・全身の状態によって、向く方が変わります。ステントは首を切らずにすむ一方、広げる際にかけらが飛ぶリスクがあり、基本的には手術が難しい方に向きます。ご自身の場合は主治医にご確認ください。
首を切る手術は、やはり危険ではないですか?
内膜剥離術は長い実績のある手術で、手術に伴う脳梗塞の発症率は低いと報告されています。とくに70歳以上では、むしろステントより成績が良いという研究(CREST)もあります。「切る」という言葉の印象だけで危険と決めず、ご自身の血管でどちらが安全かを相談することが大切です。
薬だけで治すことはできないのですか?
薬(抗血小板薬・コレステロールの薬・血圧管理)は、すべての方の土台です。ただし、症状が出た高度の狭窄では、薬だけでは脳梗塞を防ぎきれないことがあり、血行再建(ステントや手術)を加えるのが妥当とされています。症状の有無や狭さによって判断が変わります。
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