脳動脈瘤クリップとは何か——。脳動脈瘤クリップとは、血管にできたコブ(脳動脈瘤)の根元を、頭を開けてはさみ込み、破裂を防ぐためのチタン製の小さな器具です。この治療を「クリッピング」と呼びます。脳動脈瘤クリップとは何か、どう治るのか、開頭手術と血管内治療の両方を駆使する脳神経外科医 井上靖章が、患者さん・ご家族にわかりやすく解説します。
脳ドックやMRI検査で脳動脈瘤が見つかると、治療法を調べることになります。すると、「コイル」と並んでよく出てくるのが 「クリップ」 という言葉です。
この記事では、脳動脈瘤クリップとは何かを、できるだけやさしく、しかし正確に説明していきます。まず、クリップそのものの正体から見ていきましょう。
脳動脈瘤クリップとは——コブの根元を閉じる「小さな洗濯ばさみ」
脳動脈瘤とは、脳の血管の壁の一部が風船のようにふくらんでできたコブです。壁が薄いため、破れると くも膜下出血 という命に関わる出血を起こします。これを防ぐのが治療の目的です。
脳動脈瘤クリップとは、このコブの根元(ネック)をはさんで閉じるための、チタン製の小さな器具です。形は、洗濯ばさみを想像していただくとわかりやすいと思います。ばねの力で先端が閉じ、いったん掛けると、しっかりとコブの根元をつまみ続けます。
では、なぜ根元を閉じると治るのでしょうか。コブの根元をクリップで閉じると、そこへ血液が流れ込まなくなります。すると、コブはふくらむ力を失います。その結果、破裂のリスクが大きく下がるのです。つまり、これが脳動脈瘤クリップで動脈瘤を治す仕組みです。
クリッピングの流れ——頭を開けて、顕微鏡の下で
クリップを掛ける手術を クリッピング と呼びます。これは頭を開けて行う 開頭手術 です。大きな流れは次のとおりです。
- まず、全身麻酔をかける
- 次に、動脈瘤のある場所に合わせて頭蓋骨の一部を開ける
- そして、手術用顕微鏡の下で、脳のすき間をたどって動脈瘤に到達する
- さらに、コブの根元(ネック)をていねいに露出させる
- 最後に、根元へクリップを掛けて、血流が止まったことを確認する
頭を開けると聞くと、不安に感じる方が多いと思います。しかし、実際には脳そのものを切るのではありません。脳と脳のあいだの自然なすき間を、顕微鏡の下でそっと分け入って進みます。つまり、脳を傷つけずに動脈瘤までたどり着くのです。
クリップにはたくさんの種類がある
ひとくちにクリップといっても、実際には 形・長さ・角度 の異なる多くの種類があります。動脈瘤の向きや周囲の血管に合わせて、一つずつ選びます。代表的なものを挙げます。
- ストレートクリップ:まっすぐな標準的な形
- カーブ・アングルクリップ:先が曲がっている、角度のついた形
- 有窓(ゆうそう)クリップ:先端に窓があり、大事な血管をよけてはさめる形
なかでも、世界中で長く使われているのが ヤサギルクリップ です。さらに、クリップを開いて掛けるための専用の道具を クリップアプライヤー と呼びます。このように、クリッピングは複数の道具を組み合わせて行います。
掛けたあとの確認——本当に閉じたか、血流は保たれたか
クリップを掛けたら、それで終わりではありません。次の2つを必ず確認します。
- コブにもう血が入っていないか(動脈瘤がきちんと閉じたか)
- 正常な血管の流れが保たれているか(大事な血管をはさんでいないか)
そのために、ICG蛍光血管撮影という方法を使います。これは、特殊な薬を注射すると血流が緑色に光って見える技術です。さらに、術中ドップラーや神経モニタリングも併用します。こうして、何重にも安全を確かめてから手術を終えます。
クリップか、コイルか——治療の選び方
脳動脈瘤の治療には、クリッピングのほかに、血管の中からコイルを詰める コイル塞栓術等 の脳血管内治療があります。では、どちらを選べばよいのでしょうか。
クリッピングの長所は、根元を確実に閉じられ、再発が少ないことです。一方で、頭を開けるぶん、体への負担はコイルより大きくなります。たとえば「クリップのほうが確実だから良い」「コイルのほうが低侵襲だから良い」と、単純には言えません。動脈瘤の 場所・大きさ・形・首の広さによって、向き不向きが変わるからです。
さらに、動脈瘤の形によっては、標準的なクリッピングだけでは閉じきれないこともあります。そうした場合には、クリッピングやバイパス・トラッピング等の高度な開頭手術を組み合わせます。だからこそ、複数の選択肢を並べて、その方にとって最善を選ぶことが、治療方針でいちばん大事なところです。
私がクリップ一本に込めていること
ここからは、術者としての私の視点で書かせてください。
クリッピングは、脳神経外科の開頭手術のなかでも、最も基本でありながら、最も奥が深い手術だと思っています。なぜなら、クリップ一本を「どこに」「どの向きで」「どう掛けるか」に、術者のすべてが出るからです。同じ動脈瘤でも、掛け方ひとつで結果は変わります。
クリップは、一度きちんと掛かれば、その人の一生を守り続ける。だからこそ、最後の一本に妥協はできないんです。
もし掛けた位置が少しでも甘ければ、私はためらわずに掛け直します。なぜなら、クリップは 半永久的に体に残り、その人の人生を守り続ける道具だからです。その場の数分を惜しんではいけません。むしろ、この確認と掛け直しの粘りこそが、クリッピングの本質だと考えています。
もうひとつ、お伝えしたいことがあります。脳動脈瘤クリップは、何十年もほとんど形が変わっていない道具です。新しいデバイスが次々に生まれる時代に、これは珍しいことです。しかし、それは裏を返せば、すでに完成された、信頼できる道具だということでもあります。私はこの古くからの道具に、今も深い敬意を持っています。
そして私自身は、クリッピングという開頭手術と、コイル塞栓術等の血管内治療の両方を手の内に持っていることを、何より大事にしています。「この動脈瘤ならクリップだ」「いや、ここはコイルだ」と、術式そのものから選べること。それが、患者さんにとっていちばん公平な医療だと信じています。
よくある質問
Q. クリップは一生入れたままですか?
A. はい。チタン製で体になじみやすく、半永久的に動脈瘤を閉じ続けます。ふだんの生活で意識することはほとんどありません。
Q. クリップが入っていてもMRI検査は受けられますか?
A. 現在使われているチタン製クリップは、ほとんどがMRI対応です。ただし検査前に、クリップが入っていることを必ずお伝えください。
Q. クリッピングのあと、動脈瘤が再発することはありますか?
A. クリッピングは再発が少ない治療です。ただし、念のため定期的な画像検査で経過を確認します。
おわりに
脳動脈瘤クリップとは、コブの根元をはさんで破裂を防ぐ、チタン製の小さな器具です。確実で長もちする治療ですが、万能ではありません。だからこそ、コイル塞栓術等の血管内治療と並べて、「その動脈瘤にいちばん合う治療」を選ぶことが何より大切です。
「脳動脈瘤が見つかった」「クリップとコイル、どちらがいいのか迷っている」——そんなときは、どうか一人で抱え込まず、ご相談ください。選択肢をすべて並べて、一緒に考えます。
クリップの種類や関連する道具については、「脳神経外科の道具箱」の関連記事(コイルとは何か)でも解説しています。ヤサギルクリップ・クリップアプライヤー・バイパス・ICG蛍光血管撮影などについては、今後の記事でくわしく取り上げる予定です。
参考リンク:日本脳神経外科学会 / 脳動脈瘤(Wikipedia)
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