脳動脈瘤手術で術者が呼び戻す「諦めない心」を思わせる、机に置かれた使い込まれたバスケットボールと手術マスク

諦めの悪い男

ときに長時間におよぶ脳動脈瘤手術で、術者は何を頼りに、最後の一歩を進めるのか。この記事では、バイパスやトラッピングを含む難度の高い開頭手術も、コイル塞栓術・フローダイバーターによる脳血管内治療も得意とする脳神経外科医として、私が手術室で呼び戻す「諦めない心」と手術リスクへの向き合い方を、書いてみたい。

手術が、4時間を超えるあたりから、私の頭の中で、ひとりの男が立ち上がる。

スラムダンクの三井寿だ。

ボロボロのユニフォーム、汗と血で汚れた顔、足は震えている。それでも、「俺は三井、諦めの悪い男」と呟いて、シュートを打つ。

——あの場面が、私の手術室で、何度も再生されている。

我ながら、少し変な話だと思う。漫画の登場人物を呼び戻して、自分を前に押し出してもらっている外科医。患者さんからすると、「先生、もうちょっと真面目に集中してください」と言いたくなるかもしれない。

けれど、こうした「自分の中に住んでいる人物」が、長時間の手術を支えてくれる場面は、けっこうある。

「もう無理かもしれない」と思う瞬間

手術が長くなると、ある瞬間、ふっと「これは、もう無理かもしれない」という気持ちが、頭の片隅に浮かぶことがある。

剥離が進まない。術野が開かない。出血が止まりにくい。動脈瘤の首が、想定していたよりも複雑な形をしている。

それが2時間続き、3時間続き、4時間続いた時。

顕微鏡の視野は、わずか数センチ四方。その中で、1ミリ以下の血管と、薄い軟膜と、動脈瘤の壁を、専用のハサミの先で繰り返し起こしていく。長い時間、同じ姿勢で、同じ集中力を保ち続ける。その負荷は、外から見るよりずっと大きい。

「これで大丈夫やんな」と、心の中で何度も呟いている。

脳神経外科医の頭の中では、いくつかの考えがよぎる。

「いったん終わって、後日改めて」「脳血管内治療に切り替えるべきかもしれない」「もう少し違うアプローチで」。

これらは、決して逃げではない。状況によっては、正しい判断だ。手術リスクを天秤にかけて、患者さんの命を守るためなら、撤退も大事な戦術になる。

けれど——「まだ、もう少しなら、行けるかもしれない」という瞬間も、確かにある。

その瞬間に、何を選ぶか。

私の中の三井寿

スラムダンクをご存知ない方のために書いておくと、三井寿は、過去の挫折から立ち直り、最後の試合で、ボロボロの体で3ポイントシュートを打ち続けるバスケットボール選手だ。

「俺は三井、諦めの悪い男」

その台詞が、彼の象徴になっている。

あの諦めの悪さは、たぶん「勝ちたい」だけから来るものじゃない。自分を信じてくれている誰かの顔を、彼は心の中に持っていたんだろう。だからこそ、足が動かなくても、もう一回だけ打てる。

なぜ、脳神経外科医の私が、彼を頭の中で呼び戻すのか。

私は、自分の中の「諦めてはならない」という気持ちを、誰かに代弁してもらいたいのだ。そして、その人に「まだだ」と後押ししてもらいたい。

「もう無理かも」と思うとき、頭の中の三井寿が、こう言う。

「いや、もう一回だけ。あと一歩だけ」

その「あと一歩」が、何度も、私の手術を前に進めてくれた。何十分もの間、ミスができない局面で息を止めて0.01ミリ単位の操作を繰り返していたのが、ふっと先に進む瞬間。閉じていた視野が、わずかに開く瞬間。

そういう「突破口」は、たいてい、諦めなかった次の一手にある。

おかしな話だと思う。だが、本当にそうなのだ。

実際、手術室で、声に出してしまうことがある。「やっぱり術者は、諦めの悪い男になるのが重要ですね。諦めの悪い男、三井寿」。顕微鏡を覗いたままの、半分は独り言だ。若い医師には冗談に聞こえているだろう。けれど、こちらは案外、本気で言っている。

諦めない、には条件がある

ただし、勘違いしないでいただきたいのだが、「諦めない」と「無謀」は、まったく違う。

何百件もの開頭手術と脳血管内治療を経験してきた私の中で、「諦めない」は、3つの条件が揃った時にだけ発動するものだ。

ひとつ、その先に解剖学的に可能な道筋があると判断できる時。

ふたつ、患者さんへの手術リスクを、自分の中で計算できている時。

みっつ、自分の体力と集中力が、まだ正常に機能している時。

この3つのうち、どれかが揺らいでいると感じたら、私は「諦めない」を選ばない。むしろ、はっきりと撤退を選ぶ。あるいは、別の治療方針に切り替える判断もする。

つまり「諦めの悪い男」は、ただ前に進む人ではない。自分の状態を冷静に判断したうえで、なお前に進める人だ。

三井寿も、そういう男だったのだと、私は勝手に思っている。

以前、5時間目で「そろそろ撤退かもしれない」と判断しかけた手術があった。モニタの数字は、落ち着いている。手術室は静かで、吸引の音と、器械が触れ合う小さな音だけが、規則的に続いている。私は頭の中で、3つの条件を順番に点検した。道筋は、まだ描ける。リスクの計算も、崩れていない。集中力も、まだ残っている。

その時、私の中のもう一人の自分が、「この角度、もう一度視野を整え直したら、見えるかもしれない」と提案した。そこから30分かけて視野を組み直し、結果として、瘤に到達して、安全な術野を確保できた。あの時の判断が、無謀ではなく「諦めない」だったのは、3つの条件が、その時に確かに揃っていたからだ。

誰かを呼び戻しながら、手術室に入る

手術室で、私の頭の中に住んでいる人物は、三井寿だけではない。

学生時代の恩師、長い時間と苦楽を共にしてきた先輩外科医、ボストンで学ばせていただいた脳血管内治療のエキスパート、自分が見送った患者さんのご家族。いくつもの顔が、私を支えている。

「自分一人の力で手術している」と思った瞬間に、医師はいちばん危ない場所に立つ。

逆に、「自分の中に、たくさんの人を住まわせている」と感じている時ほど、手は静かに安定する。

明日も、私は誰かを呼び戻しながら、手術室に入る。

それと同じくらい、私もきっと、誰かに呼び戻されている。

脳神経外科医という仕事は、ひとりでは続けられない。それは、漫画のヒーローも、ベテランの先生方も、患者さんのご家族も、教えてくれたことだ。

そして明日、もしあなたが私の手術台に乗ることがあれば——私は、できるだけ多くの「誰か」を呼び戻しながら、諦めの悪い男のまま、あなたの脳に向き合う。それが、私があなたに約束できる、確かなことのひとつだ。

参考リンク:脳動脈瘤(Wikipedia)日本脳神経外科学会

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脳神経外科医 井上靖章

井上靖章(いのうえ やすあき)

脳神経外科医・医学博士。日本脳神経外科学会専門医・指導医、日本脳神経血管内治療学会専門医、日本脳卒中学会専門医。京都大学医学部卒業。米国メイヨークリニックでの研究研修、ハーバード大学医学部ブリガム&ウィメンズ病院フェローを経て、湖東記念病院 脳神経外科部長。開頭手術と脳血管内治療の両方を自分の手で行う「二刀流」の脳神経外科医。治療方針は、開頭手術・脳血管内治療・経過観察のすべてを並べて示すことを原則としている。

プロフィール・実績の詳細 / 「手術室より」の記事一覧 / X(@yasuaki_neuro)

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