脳血管内治療を、術者はどんな思いで身につけるのか。この記事では、私が一度すべてを手放して血管内治療を学び直した日のことを、書いてみたい。
私は一度、自分のいちばん得意なものを、わざと手放したことがある。
頭を開けて、顕微鏡の下で脳動脈瘤にクリップをかける。その開頭手術を、長い時間をかけて、ようやく「ひと通りは自分の手でできる」と思えるところまで、私は来ていた。そのころの私に「来年、あなたは道具の名前すら言えない一年目に戻りますよ」と告げる人がいたら、きっと取り合わなかったと思う。
けれど、私は戻った。自分の足で、一年目に戻りにいった。
海を渡って、脳血管内治療を、ゼロから学び直すために。カテーテルで、脳の血管を内側から治す技術だ。
得意を、手放すということ
「なんで、わざわざ」。
当時、何人かにそう言われた。せっかく開頭手術で食べていけるのに、なぜいまさら、と。
理由は、ひとつだった。
同じ脳動脈瘤でも、頭を開けて向き合うべきものと、血管の内側から、カテーテルで近づくほうがいいものがある。脳血管内治療では、患者さんの頭を大きく開けずに、血管の中を通って、瘤を内側から治してしまう。コイル塞栓術、フローダイバーター、WEB。そうやって救える範囲が、年々、広がっていた。
開頭手術しかできない医師は、開頭で解ける問題しか、患者さんに差し出せない。
血管内治療しかできない医師も、同じだ。
私は、両方の手を持っていたかった。目の前の患者さんに、「あなたの場合は、こちらのほうが安全です」と、術式そのものを選んであげられる医師でいたかった。そのためには、得意なほうにとどまっているわけには、いかない。
こわくなかったか、と聞かれれば、嘘になる。
四十が近づくほど、人は「できること」のなかにいたくなる。できないことの前に立つのは、年々、こわくなる。それでも私は、もう一度、こわい側に立つことを選んだ。
名前のわからない道具
学び直しの現場は、容赦がなかった。
米国で臨床医として勤務する初日。カテーテルの治療室に立つと、手は覚えているのに、言葉が出てこない。スタッフに道具を頼もうにも、その道具をその国で何と呼ぶのか、わからない。「えっと……こんな形の、細いやつ」。両手の指で宙に形を描きながら、そう頼むしかなかった。一拍おいて、察しのいいスタッフが、黙って一本を差し出してくれる。それが、当たっている。ありがたくて、そして少し、情けなかった。
技術には、そこそこ自信があった。けれど、自信があることと、その場で一人前に振る舞えることは、まったく別だった。
そもそも、開頭手術と脳血管内治療は、手の使い方からして違う。開頭手術は、自分の目で見て、自分の指で直に触れる世界だ。けれど血管内治療は、細いカテーテルとワイヤーを、足の付け根から何十センチも送り込み、画面に映る影だけを頼りに、見えない血管の中を進めていく。指先に返ってくるのは、ほんのわずかな手応えだけだ。その「わずかな手応え」を読む感覚を、私は一から育て直さなければならなかった。
「わからない」と言える身軽さ
不思議なものだ。開頭手術なら、目をつぶってでも段取りが言えた。それが、場所と道具が変わっただけで、私は「こんな形のやつ、何て呼ぶん?」と聞いてまわる、ただの新入りに戻っていた。
周りは、私を「よその国から来た、開頭の医者」として見ていた。手術歴がいくら長くても、この部屋では新参者だ。その頃の私は、手術室の症例を、自分から同僚に譲ってもいた。開頭でなら、その日から「できる医者」の顔に戻れる。それをやってしまえば、カテーテルの一年目には、二度となりきれない気がした。
最初の数週間、私の手元を、若い医師たちが横から静かに見ていた。値踏みされている、と感じる日もあった。悔しさが、なかったわけではない。けれど、その悔しさは、いつのまにか燃料に変わっていた。一例ごとに、彼らの視線がやわらいでいくのが、手応えとして伝わってきたからだ。
恥ずかしかった。
でも、その恥ずかしさのなかに、ずっと忘れていたものがあった。
——「わからない」と、素直に口に出せる身軽さだ。
ベテランになるほど、人は「わからない」と言えなくなる。その一言が言えなくなった医師から、ゆっくりと、学びが止まっていく。一年目に戻ったあの治療室で、私はそのことを、手と一緒に思い出していた。
二つの手を持つ、ということ
あれから、私は脳血管内治療を、何百件と重ねてきた。気づけば、開頭手術と同じくらいの時間、カテーテルを握る日々になっていた。
いまは、外来でこう言える。
「あなたの動脈瘤は、開頭でも治せます。でも、血管の中からのほうが、体の負担が少なく、安全だと思います」。あるいは、その逆を伝えることもある。「これは、カテーテルでは近づきにくい。開頭で、確実に止めましょう」と。
どちらか一方しか手になかった頃の私には、この一言は、言えなかった。片方の手しか持たない医師は、選んでいるつもりでも、自分にできるほうを選ばされているからだ。
つい先日も、ある患者さんの動脈瘤を前に、私は静かに迷った。開頭でも、血管内でも、どちらでも治せる形だった。最後は、その方の年齢と暮らし方をうかがって、体の負担が少ないほうを選んだ。もし私の手が片方だけだったら、その迷いも、選択肢も、はじめから生まれていない。迷えること自体が、二つの手を持てた、ということなのだ。
そして、あの「一年目」の感覚を、私はいまも、手放さないようにしている。脳血管内治療は、新しいデバイスが次々に出てくる世界だ。新しい道具を覚えるたび、私はまた少し、あのカテーテル室の新入りに戻る。心の中で、「こんな形のやつ、何て呼ぶん?」と。
それでいい。得意のなかにずっといる医師より、何度でも一年目に戻れる医師のほうが、患者さんにとっては安全だ。
こわい側に、立ち続ける
脳血管内治療を一から学び直したことは、いまも、私の人生でいちばん良い選択のひとつだったと感じている。
得意を手放すのは、こわい。一年目に戻るのは、もっとこわい。
でも、そのこわさを引き受けた分だけ、私は患者さんに差し出せる手を、ひとつ増やすことができた。
もし、あなたの脳動脈瘤に、開頭手術と脳血管内治療の両方の道があるのなら——その二つを、同じ重さで天秤にかけられる医師を、どうか選んでほしい。どちらか一方しか手にない人には、その天秤は、はじめから傾いている。
私は、二つの手で、あなたの前に立ちたい。そのために、これからも何度でも、こわい側へ戻っていく。
参考リンク:脳動脈瘤(Wikipedia) / 日本脳神経血管内治療学会
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