脳動静脈奇形は治療すべきか、それとも経過観察でよいか——。症状もないのに偶然見つかると、多くの方がこの分かれ道で立ち止まります。私が、未破裂の脳動静脈奇形の治療と経過観察を、何を見て判断しているのかをお伝えします。
※この記事の患者さんは実在の方ではありません。治療方針がどう決まるかをお伝えするために組み立てた、典型的なケースです。
治すべきか、そっとしておくべきか
「症状は、何もないんです。それなのに、頭の中に血管のかたまりがある、と言われました。治した方がいいのか、ふれない方がいいのか——」
診察室で、こう尋ねられることがあります。脳動静脈奇形(AVM)。脳の中で、動脈と静脈が、本来あいだにあるはずの細い血管をはさまずに直接つながり、ひとつのかたまりのようになった状態です。破れれば、脳出血やくも膜下出血を起こす。けれど、破れていないかぎり、今は何も起きていない。
だからこそ、難しいのです。今日は、未破裂の、つまり一度も破れていない脳動静脈奇形を前に、私がどう考えて治療方針を決めているのかをお話しします。ここは、医師によって意見が分かれることのある領域です。
偶然見つかった、血管のかたまり
典型的な例として、ひとりの方を思い描いてみます。
40代前半の女性です。健診のMRIで、偶然、未破裂の脳動静脈奇形が見つかりました。症状はありません。出血したことも、けいれんを起こしたこともない。それでも画像には、右の前頭葉寄りに、3cmに満たない血管のかたまりが、はっきりと写っていました。
さいわい、その位置は脳の表面に近く、手足の運動や言葉をつかさどる大切な場所からは、少し離れていました。つまり、医学的にいえば、比較的安全に治療しうる形です。一方で、症状はなく、今すぐ何かが起きるわけでもない。
この方を悩ませたのは、相反する二つの事実でした。放っておけば、出血する可能性が、わずかとはいえ毎年ある。しかし、治療そのものにも、リスクがある。どちらの不安も本物で、だから、自分でも決めかねていました。
数字の上での事実は、はっきりしています。未破裂の脳動静脈奇形が破れる確率は、国立循環器病研究センターなどによれば、年におよそ2%とされています。低い数字に見えるかもしれません。ただ、この方はまだ若い。これから何十年も、その2%を毎年積み重ねていく。そう考えると、「低いから安心」とは、言い切れなくなります。
脳動静脈奇形の治療、四つの分かれ道
まず整理すると、脳動静脈奇形を前にしたとき、道は大きく四つに分かれます。
- 経過観察:治療をせず、定期的に画像で見守る。血圧の管理などを続ける
- 開頭手術(摘出):頭を開けて、血管のかたまり(ナイダス=病変の本体)そのものを取り除く
- 血管内治療(塞栓術):足の付け根からカテーテルを通し、かたまりの中を詰めて固める
- 定位放射線治療(ガンマナイフ等):切らずに、放射線でかたまりを少しずつ閉じていく
そして、これらは一つに絞るとは限りません。たとえば、先に塞栓術でかたまりの血流を落としてから、開頭手術で取り除く。このように、複数を組み合わせる集学的治療も、よく選ばれます。つまり、経過観察を含めて、引き出しは四つです。ここから、その人に合うものを選んでいきます。
四つの道、それぞれの利点と欠点
脳動静脈奇形の治療に、どれが優れているという順位はありません。病変の形と、その人の状況で、向き不向きが変わるだけです。
まず、経過観察。利点は、体に何の侵襲も加えないことです。欠点は、待つあいだ、出血の可能性がゼロにはならないこと。これは「何もしない」のではなく、変化を捉えるために見続ける、能動的な選択です。
次に、開頭手術。最大の利点は、かたまりを取り除けば、出血を防ぐ効果がその場で得られることです。一方で、頭を開ける侵襲は小さくありません。京都大学病院も述べているように、脳動静脈奇形の摘出は、脳の手術のなかでも難しいものの一つとされます。
そして、血管内治療(塞栓術)。こちらは頭を切らずにすみます。小さなかたまりなら、これだけで治しきれることもある。ただし、ある程度の大きさになると、塞栓術だけでは閉じきれず、ほかの治療と組み合わせることが多くなります。
最後に、定位放射線治療。切らない、最も体にやさしい治療です。最大径3cm以下、あるいは体積10mL以下の小さな病変が、よい適応とされます。ただし、放射線でかたまりが閉じきるまでに2〜3年かかり、その間は出血の可能性が残ります。「切らない」ことと「すぐ安全になる」ことは、同じではないのです。
どれだけ、離れているか
この方の画像を前にして、私の目が最初に測っていたのは、かたまりの大きさではありませんでした。指でなぞるように追っていたのは、血管のかたまりと、脳の大切な働きとの、あいだの距離です。何センチか、より先に、どれだけ離れているか。そこを見ていました。
脳には、けっして傷つけてはいけない場所があります。手足を動かす。言葉を話す。目でものを見る。そうした働きを担う一角のすぐ隣にかたまりがあると、治療そのものが、新しいまひや言葉の障害を生みかねません。だから私は、サイズより先に、この距離を確かめる。かたまりと、機能との境目。その線を目で追えるかどうかが、安全に治療できるかどうかを、最初に分けるのです。
この方の場合、かたまりは脳の表面に近く、大切な働きの場所からは、ぎりぎり離れていました。境目も、追える。「この人なら、安全に治療できるかもしれない」と最初に思えたのは、この距離があったからです。もし同じ大きさのまま、言葉の中枢に食い込んでいたら、私の考えは、そっくり反対へ傾いていたでしょう。
大きさより先に、場所と静脈
手術の難しさを見積もるとき、私たちは大きく三つを見ます。大きさ。場所、つまり、大切な働きにかかっていないか。そして、血液がどの静脈を通って戻っていくか。この三つの組み合わせで、治療がどれくらい険しくなるかが、おおよそ見えてきます。この方は、いずれも、治療する側には比較的おだやかでした。
もう一つ、私が重く見たのは、年齢でした。若いということは、これから先、出血の可能性を、何十年も背負って歩いていくということです。同じ病変でも、80代の方と40代の方とでは、私の判断は変わってきます。ここが、いちばん機械では割り切れないところです。
一度で終えるか、段階を踏むか
では、治療すると決めたとして、どの道を行くか。ここが、私が最後まで迷うところです。
一度の開頭手術で、かたまり(ナイダス)を摘出してしまうのか。それとも、先に塞栓術で血流を落とし、出血の勢いを抑えてから、開頭で摘出するのか。あるいは、放射線を組み合わせるのか。脳動静脈奇形の治療は、「何をするか」だけでなく、「どの順番で、何を組み合わせるか」で、安全性がまるで変わってきます。
私は、開頭手術も、血管内治療も、自分の手で行います。そして湖東記念病院では、ガンマナイフによる定位放射線治療も、脳神経外科医が行う。だからこそ、順番と組み合わせを、どれかひとつに寄せずに設計できます。持っている道具が一つしかなければ、人はどうしても、その道具で解ける形に話を寄せてしまう。すべての選択肢を同じ重さで扱う術者でいたいから、私はそこを、いつも見張っています。
希望と、安全性が分かれたら
もし、ご本人の希望と、私の医学的な判断が分かれたら。「怖いから、いっそ治してしまいたい」と言われても、その治療が病気そのものより危ないのなら、私は勧めません。逆に、「触らないでほしい」と言われても、若くて、安全に治せる見込みのある病変なら、その事実だけは、曖昧にせずお伝えします。希望に寄り添うことと、安全性をごまかさないことは、別のことだ。そう考えています。まず安全性を軸に置いて、はっきりお話しする。そのうえで、決めるのは、いつでもご本人です。
ARUBAという研究を、どう置くか
この病気には、よく知られた研究があります。ARUBAという臨床試験です。未破裂の脳動静脈奇形では、治療に踏み込むより、内科的に管理して様子を見たほうが、脳卒中や死亡が少なかった。そう報告されました。重い結果です。
ただ、この試験には批判もあります。一つは、追跡した期間が短く、若い人が生涯のあいだに背負うリスクまでは見えていない、という点。もう一つは、本来なら手術が向くとされるタイプ(小さく、安全に治せる見込みの高い病変)の患者さんに、実際に手術が行われた例がとても少なく、ふだんの診療の実感とは離れている、という点です。
だから私は、「ARUBAがあるから治療しない」とも、「治療すれば安心」とも、患者さんには言いません。研究やエビデンスは判断の材料であって、判断そのものではないからです。
未破裂で、症状もない方に治療を勧めるとき、私の胸には、いつも小さな重石が残ります。うまくいって当たり前。何かあれば「触らなければよかった」になる。その重さは、消えてくれません。だから、急がない。何度でも話し、考える時間を一緒に持つ。決めるのは、いつでも戻れる地点まで来てから、と自分に課しています。
ひとつに、決まらないからこそ
脳動静脈奇形は、治療すべきか、経過観察でよいか——その答えが、人によって変わる病気です。同じ大きさ、同じ場所でも、年齢や暮らし、その人の価値観で、最善は動く。意見が分かれるのは、いいかげんだからではなく、それだけ難しい領域だからです。
もし主治医の説明に迷いが残ったら、別の医師の意見を聞くセカンドオピニオンという道があります。治療を勧められても、経過観察を勧められても、納得のいくまで聞いていい。答えそのものと同じくらい、その答えにあなた自身が頷けているかどうかが、大切だからです。
急いで決めなくて、いい病気です。
よくある質問
脳動静脈奇形は、放っておくと必ず破れますか?
必ず、ではありません。未破裂の脳動静脈奇形が破れる確率は、年におよそ2%とされています。低いとも言えますが、若い方では長い年月のあいだに積み重なっていくため、年齢も含めて考える必要があります。ご自身の場合は主治医にご確認ください。
ガンマナイフは、すぐに効きますか?
すぐ、ではありません。放射線でかたまりが閉じきるまでに、ふつう2〜3年かかります。その間は出血の可能性が残るため、小さく、脳の深い場所にある病変など、切らない利点が大きいときに選ばれることが多い治療です。
治療と経過観察で、病院によって言うことが違います。どちらが正しいのですか?
そのどちらもが、誠実な判断でありうるのです。脳動静脈奇形は、もともと意見が分かれやすい病気です。判断が割れるときは、それぞれの理由をよく聞き、セカンドオピニオンも活用して、ご自身が納得できる道を選んでください。
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