脳動脈瘤でやってはいけないことを見極め、普段どおりの暮らしを続けることを象徴する、朝の光のなかの歩き慣れた靴

脳動脈瘤でやってはいけないこと| 分岐点

経過観察中の脳動脈瘤で、やってはいけないことはあるのか——。運動も、お酒も、仕事も、今までどおりでいいのか。何かのはずみで破れないか不安で、暮らしを縮めてしまう方は少なくありません。私が、何を控え、何は気にしなくてよいかを仕分けます。

※この記事の患者さんは実在の方ではありません。治療方針がどう決まるかをお伝えするために組み立てた、典型的なケースです。

経過観察と言われて、暮らしが縮んだ

脳動脈瘤が見つかってから、好きだったことを、ひとつずつやめてしまう——。そういう方に、診察室でよくお会いします。まず走るのをやめる。次に晩酌をやめる。旅行の計画を、そっとしまう。気づけば、手のなかに残っているものが、ずいぶん少なくなっている。

未破裂脳動脈瘤は、脳の血管にできた「こぶ」です。多くは脳ドックなどで偶然見つかり、すぐに治療せず経過観察になることがよくあります。「いつ破れるか分からない」と言われれば、身構えてしまうのは当然です。けれど、暮らしを小さくすることと、こぶを安全に持ち続けることは、じつは別の話なのです。

では、経過観察中の脳動脈瘤で、本当にやってはいけないことはあるのでしょうか。今日は、何を控えるべきで、何は気にしなくてよいのかを、できるだけはっきりお話しします。怖さで暮らしを削ってしまう前に、知っておいてほしい話です。

晩酌も、ジョギングも、やめた

診察室で何度も見てきた、典型的なひとりの方の話をします。

50代後半の男性です。脳ドックで未破裂脳動脈瘤が見つかり、経過観察になりました。もともと、晩酌が楽しみで、休日には軽くジョギングをし、ときどき筋トレもする方でした。ところが診断の日から、暮らしは一変します。「力んだら破れるのでは」と運動をやめ、「血圧に悪いだろう」と晩酌もやめ、仕事も無理をしないようにと、量を減らしました。

診察室で、その方はこう言いました。「先生、私はもう、何をしていいのか分からないんです」。こぶそのものより、こぶを抱えて生きる不安が、この方の毎日を奪っていました。

縮めて暮らすか、絞って暮らすか

経過観察中の暮らし方には、大きく二つの向き合い方があります。治療法そのものの選択とは別の、生活の設計の問題です。

  • 厳しく制限して暮らす:あれもこれも控え、なるべく安静に、刺激を避けて過ごす
  • 効く対策に絞って、普段どおり暮らす:破裂リスクに本当に関わることだけを管理し、それ以外の生活は変えない

多くの方は、不安から前者を選びがちです。けれど、怖がって生活を縮めることが、破裂を防ぐわけではありません。大切なのは、効くことと、効かないことを、きちんと仕分けることです。

脳動脈瘤でやってはいけないこと、気にしなくてよいこと

では、脳動脈瘤の経過観察中に、やってはいけないことと、気にしなくてよいことを、仕分けていきます。

まず、本当に効く対策です。具体的に、破裂のリスクを下げるのに役立つのは、血圧の管理、禁煙、お酒を飲みすぎないことです。とくに高血圧と喫煙は、はっきりした危険因子です。また、お酒は、適量なら神経質になりすぎる必要はありませんが、大量の飲酒は避けます。ここは、しっかり整えたい部分。

次に、気にしすぎなくてよいことです。日常の運動や仕事は、基本的に続けてかまいません。ヨーロッパの脳卒中のガイドラインでも、「日常生活や運動に制限を加えるべきではない」とされています。さらに、ウォーキングや軽いジョギングのような有酸素運動は、むしろ血管の健康に役立ちます。仕事も、旅行も、入浴も、普段どおりで大丈夫なことがほとんどです。

ただし、一つだけ、個別に気をつけたい場面があります。血圧を一気に上げる動作です。重い物を息を止めて持ち上げる、便秘で強くいきむ、最大限の力を振りしぼる激しい筋トレ。こうした瞬間的な血圧の急上昇は、避けたほうが無難です。とはいえ、これも人によって程度が違うので、心配なら主治医に具体的に相談してください。日本脳卒中学会やUCAS Japan日本脳神経外科学会の情報も参考になります。

一年で、九十九人は変わらない

「もう、何をしていいのか分からない」。そう言われたとき、私がまず差し出したのは、制限のリストではありませんでした。たった一つの、数字でした。

未破裂脳動脈瘤が破れる確率は、多くの場合、年に1%ほどです。裏を返せば、同じこぶを持つ100人のうち、99人は、その一年を変わりなく過ごすということです。そして、そのわずかな破裂も、重い物を持ち上げた瞬間や、全力で走った瞬間にまとまって起きるわけではありません。むしろ、テレビを見ている時、眠っている時——なんでもない時間に起きることのほうが多い。だから、走るのをやめても、晩酌をやめても、それでぴたりと防げる、という単純な話ではないのです。

私は、開頭手術も血管内治療も行う立場で、たくさんの方の経過観察に付き合ってきました。そのなかで、ひとつ、ずっと気にかかっていることがあります。怖さで暮らしを縮めた分だけ、その人の時間が、静かに削られていく。破れないために生活を小さくして、けれど何年も、何事もなく過ぎていく。控えたジョギングも、我慢した一杯も、もう戻ってはこない。だから私は、注意書きより先に、「99人」の話をします。安心は、正しい数字の上にしか立たないと思うからです。

暮らしを、削らないために

では、私はこの方に、何をお伝えしたのか。

線を引く基準にしたのは、リスクの大小だけではありませんでした。その人の暮らしと楽しみを、どれだけ守れるかです。血圧を整え、たばこを吸わず、お酒はほどほどに。そして、息を止めて力む最大限の筋トレのときだけ、少し控えめに。お願いしたのは、それくらいでした。ジョギングは続けていい。晩酌も、量を選べば楽しんでいい。仕事も、旅行も、これまでどおりに。効く対策に絞れば、暮らしのほとんどは、削らずに残せます。この方には、しまい込んでいた晩酌も、休日のジョギングも、また始めてもらいました。次の外来で、その方が晩酌の肴の話までしてくださったのは、薬のおかげではありません。暮らしが、手のなかに戻ってきたからだと思います。

もちろん、これは「この方の場合」の答え。気をつける点は、こぶの場所や大きさ、その人の血圧や持病によって変わります。だからこそ、誰にでも配る禁止リストは作らず、その人の暮らしに合わせて線を引きます。

張り合いを、どう残すか

いちばん引っかかるのは、激しいスポーツこそが生きがい、という方に向き合うときです。理論の上ではわずかなリスク。けれど、その人にとっては、暮らしの張りそのもの。どちらを取るか、私が一方的に決めていいものではありません。「やめてください」と言うのは、たやすい。けれど、その一言でその人の毎日から色が抜けてしまうなら、それが本当に正解なのか。一緒に頭を抱えます。強度を落とせないか。頻度をずらせないか。息を止めない工夫はできないか。答えは、その人の数だけあります。

縮めるのではなく、整える

経過観察中の脳動脈瘤で、やってはいけないことの決まったリストは、誰にでも当てはまる形では存在しません。大切なのは、怖さで暮らしを縮めることではなく、効くところだけを、きちんと整えること。血圧、たばこ、お酒。そして、急に強く力む場面だけ、ほんの少し気をつける。それ以外は、どうかこれまでどおり、あなたの毎日を続けてください。走ってもいい。一杯やってもいい。出かけてもいい。

ただ、一つだけ、頭の隅に置いておいてください。突然の、今まで経験したことのない激しい頭痛——それが起きたときだけは、様子を見ずに、すぐに受診してください。これは、日々の注意とはまったく別の話です。暮らし方に迷ったとき、不安がどうしても消えないときは、主治医に遠慮なく尋ねる、あるいは別の医師に意見を聞くセカンドオピニオンという道もあります。こぶを持っていても、あなたの暮らしは、あなたのものです。

よくある質問

脳動脈瘤があると、運動はしてはいけないのですか?

多くの場合、運動を一律にやめる必要はありません。ウォーキングや軽いジョギングなどの有酸素運動は、むしろ血管の健康に役立ちます。ただし、息を止めて力む最大限の筋トレや、重い物を急に持ち上げる動作など、血圧が一気に上がる場面は控えめにします。心配なときは主治医にご相談ください。

お酒は、やめないといけませんか?

適量であれば、必ずしもやめる必要はありません。一方で、大量の飲酒は破裂の危険因子になるため、避けたほうがよいとされています。「ほどほど」を保つことが大切です。具体的な量については、血圧や持病も含めて主治医にご確認ください。

仕事や旅行は、普段どおりで大丈夫ですか?

基本的には、これまでどおりで問題ないことがほとんどです。血圧の管理・禁煙・節酒を続けながら、普段の生活を送れます。怖さで暮らしを縮めすぎないことも、その人の健康にとって大切です。

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開頭手術と血管内治療の両方を駆使する脳神経外科医 井上靖章

井上靖章(いのうえ やすあき)

脳神経外科医・医学博士。日本脳神経外科学会専門医・指導医、日本脳神経血管内治療学会専門医、日本脳卒中学会専門医。京都大学医学部卒業。米国メイヨークリニックでの研究研修、ハーバード大学医学部ブリガム&ウィメンズ病院フェローを経て、湖東記念病院 脳神経外科部長。開頭手術と脳血管内治療の両方を自分の手で行う「二刀流」の脳神経外科医。治療方針は、開頭手術・脳血管内治療・経過観察のすべてを並べて示すことを原則としている。

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